繋がっているようで繋がっていない100のお題

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  001 守るものがあれば人は強くなれると言うけれども  


「っい!」
「っだ!」
 出会い頭にぶつかった。
 一護とディ・ロイはそれぞれの仮面を押さえて痛みに耐えた。ちょうど仮面同士がぶつかってしまい、硬質な音が廊下に木霊していた。
「わ、りぃ、」
「や、こっちも、」
 とりあえず今は痛みに悶絶した。
 一護もそうだがディ・ロイも急いでいたらしく二人ともかなりのスピードを出していたようだ。曲がり角で避けきれず正面衝突してしまった。
 じんじんと傷む頭部を押さえ、一護はやっと顔を上げた。
「大丈夫か」
「平気。そっちは?」
「大丈夫だ」
 そして二人同時に来た廊下を振り返った。誰もいない。
「ふぅ」
「何? 追われてんの」
「そっちこそ」
「ん。イールフォルトに八つ当たりされてて逃げてた最中」
「俺は例のアイツだ」
 名前を言うのも嫌だった。一護は例のアイツに先ほどまで追いかけられていたせいか薄らと汗をかいていた。それをうんざりしたように拭うと大仰に息をはいた。
 そんな一護に同情を込めてディ・ロイは軽く背中を叩いてやった。ディ・ロイはぼろぼろの姿で鼻血まで垂らしていたが、平気そうに笑っていた。
「なあ、思ったんだけど。俺ら手組んだらイールフォルトの奴倒せるんじゃねーか?」
「ロイが囮役な」
「ギャ!」
 ざっと青ざめたディ・ロイに今度は一護が笑って、そして二人並んで歩き出した。
「きっと自分のすぐ後に生まれたもんだから意識してんだ」
「俺はこういう意識のされかたは嫌だな」
 破面は破壊を好むがするのとされるのとでは大きな違いだ。ぶつぶつと文句を言うディ・ロイの背中を一護は叩いて励ました。
「いーじゃん。俺なんて穴ナシの番号ナシだぜ?」
 軽く言ってみせた一護だったが、ディ・ロイは気まずそうな表情で視線を逸らしてしまった。
 自分はもう気にしていないが、どうやら相手は違うらしいと一護は言ってから後悔した。しばらく無言で歩き続ける。カツカツと足音だけが響いていた。
「グリムジョーは」
 その名前を聞いた瞬間に一護の肩はびくりと揺れた。
「‥‥‥‥そんなに苦手?」
「そうじゃない奴なんているのかよっ」
 怯えた姿を見せたことが恥ずかしかったのか一護は誤摩化すように殊更ぶっきらぼうな口調で答えた。
「一護、生意気だからなー。従順なのより暴れて言うこと聞かないほうがグリムジョーは好きそう」
「アイツの名前を出すんじゃねーよ!」
 険しい表情になるのは心底苦手、天敵以上だと言っていった。
「迂闊に卍解見せるからだ」
「言うな、自分でも後悔してる」
 うっかり卍解を見せてから、アイツに執拗に追われるようになってしまった。
「一護のアレ、エロいもんな」
 ぐ、と一護は押し黙った。
 自分でもアレはどうかと思うのだ。
「胸元がチラっチラ見えて戦いに集中できなくなるからなー。グリムジョーもそれにやられたんだなきっと」
「だからっ」
 名前を出すなというのだ。
 体が拒否反応を起こして、一護は先ほどから鳥肌が立ちっぱなしだった。
「あの野郎っ、最初は失敗作って俺のこと馬鹿にしてたんだぞ!?」
「大人しくしときゃ良かったのに、一護がいちいち反応するからグリムジョーが面白がってちょっかい掛けてきたんだろ」
 そうだ。自分は弱いくせに根性だけは一人前だった。一護は自分のそういうところは嫌いではないが、ときにはそれが災いを引き寄せることに最近になって気がついたのだ。
「グリムジョーはもう俺の女みたいな感じで言ってたけど」
「あぁ!?」
「な、もうヤられたのか? ある意味穴アキ?」
「下品だぞオマエ!!」
 思わず頭を叩いてやった。が、鋼皮は固い。一護は己のひ弱さも相まって痛みに悶え苦しんだ。
「そういうところ」
「なに、」
「一護は無意識に可愛いもんな。グリムジョーはそういうとこに惚れてんだと思う」
 恐ろしいことを言われて一護は一瞬痛みを忘れた。
 惚れてる。
 アイツが自分に?
「‥‥‥‥‥へ?」
「からかってんじゃなくて、本気で欲しがってんだよ。気付いてなかったのか?」
 ぎくしゃくと首を横に振ればディ・ロイに溜息をつかれた。ガキだな、と言われたようで一護は内心カチンときた。
「勘違いだろ。アイツが、俺に惚れてる? ハ、ハハ‥‥‥」
「声震えてる」
「うっさい!」
 最も苦手とする男から好意を寄せられて喜ぶ趣味は当然一護には無い。憎いとかそういう感情は持ってはいないが、できるだけ関わりたくないというのが一護の正直な気持ちだった。
「捕まったらこう言うんだぞ。”お願い優しくシテ”って」
「言わねえし捕まらねえし!」
「一護弱えもん。いつかそういう日が来ると思う」
「っロ、ロイっ」
「ちなみに助けてやんないから」
 イールフォルトで手一杯だし俺も弱いしと素気なく言われた一護は泣きそうになった。
 自分は失敗作で穴が無ければ当然貰える番号も与えられはしなかった。そんな自分に構ってくれる破面はディ・ロイのみ。友達だと思っていたのは自分だけだったのだろうか。
「そういう顔、しないほうがいい」
「なんでだよっ、」
「グリムジョーは泣き顔大好物だと思う」
 零れそうになった涙は無理矢理引っ込ませた。一瞬たりとも気が抜けなくなって、一護は探査神経を全開にさせた。
「四六時中そうしてるつもりか?」
「助けてくれねえんだろ!」
「うん」
 正直な奴だ。
 そうやって明け透けに話してくれることは嬉しいのだけれど。
「グリムジョーは」
「何!?」
 最初よりも反応が過敏になっていた。一護は今にも柱の後ろからアイツが飛び出してくるんじゃないかと気が気じゃない。
 びくびくと怯える一護に苦笑して、ディ・ロイは続きを言った。
「グリムジョーはきっと、一護に優しくしてくれる」
「別に、優しくしてもらわなくていい」
 ディ・ロイはちら、と一護のほうを見て、それからまた前に視線を戻した。
「俺、カスだから」
「あ?」
「お前のこと守りきれない。でもグリムジョーなら十刃だし、一護のこと守ってくれるって俺は思うんだ」
 何かを言おうと開いた唇。しかし一護は何も言うことが出来なかった。
「穴ナシでも番号ナシでもグリムジョーは一護が好きなんだ」
「ロイ、」
「俺なんかよりもずっと」
 言って、立ち止まった。
 視線の先には青い色彩が見えて。
「逃げるなよ」
 後退しそうになった一護の装束をディ・ロイは掴んで引き止めた。
「少しくらい話してやれって」
「ロイも一緒に」
「俺が殺される」
 近づいてくる青に一護の刷り込まれた苦手意識が顔を出す。その場を離れようとするロイに必死に縋って行くなと何度も懇願した。
「ごめんな。俺がカスじゃなかったら、守ってやれたのにな」
「ロイっ、」
「だから友達だ。ずっとな」
 そう言ってディ・ロイは一護を強引に前へと押し出した。一護は咄嗟に振り返るが、ディ・ロイはもう背中を向けていて表情を見ることが出来なかった。それが一護を無性に悲しくさせた。
「ロイ!」
 叫んでも、振り返ってはくれない。
 背後で自分を呼ぶアイツの声。自分は一人。泣きたくなった。
 しかし泣き顔なんて見せてはならない。思い切り眉を寄せ、不愉快だという感情を隠しもせずにそのまま声にした。
「‥‥‥‥‥なんか用?」
 ちくしょう、お前はお呼びじゃない。
 あぁロイ、やっぱりお前がいい。

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