繋がっているようで繋がっていない100のお題
005 君の重みだけは心地良い
昼。
そう昼だ。働く者達は筆を置き、または斬魄刀を置いて昼食を取る時間。
久しぶりに親友と一緒にメシでも食おうと京楽は雨乾堂を目指していた。
「いーから判子! 判子をください!!」
廊下まで響いてくる威勢のいい叫び声。
一護だ。相手は浮竹だろうか。
「ここですここっ‥‥‥‥そこじゃないっ、どこ触ってんだ!」
べちっ。
きっと頬を張った音だ。
京楽は霊圧を消し、ついでに足音も消した。抜き足差し足、雨乾堂へと辿り着く。そうしてほんの少し開けた障子の隙間からは意外な光景が映し出されていた。
「っん、んん‥‥」
押し倒されている。一護が、浮竹に。
ではなく。
「‥‥ん。もういいだろ、判子」
一護が浮竹を押し倒していた。この二人ができているのは知ってはいたが。
同じ男として情けない。押し倒されしかも口付けられていてどうする親友よ。
「判子ください。‥‥‥ちょっと、聞いてんですか」
それにしても一護の公私の分け方は実にシビアだ。つい先ほどまで口付け合っていたというのにそのすぐ後にはもう部下の顔になっている。相変わらず浮竹の体の上には乗っかってはいるが。
「だんまりですか」
浮竹は一言も発しない。一護の大きな溜息が落ちた。
「判子くれなきゃ書類が他の隊に回せないでしょうが。ほら、早く」
ぺらぺらと書類を見せつける一護だったが拗ねて判子を押そうとしない浮竹に焦れたのかついにはぐいぐいと顔面に書類を押し付けていた。容赦がない、そういうところが七緒に似ていると京楽は思ってしまった。
「とっとと判子を出しなさいっ、えぇいっ、どこだっ、どこに隠した!?」
隊長印は各個人が大事に保管してある。それはおそらく浮竹の死覇装のどこかに仕舞われているだろう。京楽自身は細工の凝った携帯用の小物入れに保管してあるが、はて浮竹はどこに隠しているのやら。
「こら抵抗するなっ、大人しくしやがれ!」
浮竹の死覇装の袖には無かったようだ。だったら懐に違いない、そう思った一護が胸元に手を突っ込むという大胆な行動に出た。しかし浮竹がそうはさせまいと一護の手を掴む。
「こんにゃろっ、言うこと聞けっ、十四郎!」
ぴた、と。
それはもう静止画のように浮竹の動きがぴたりと止まった。その隙を逃さず一護の手が浮竹の胸元に忍び込む。
そのときの浮竹の顔といったら。
何頬を染めてドキドキしてるんだお前は。京楽は声に出せないツッコミを入れた。
「‥‥‥‥あれ、ん? おかしいな、無い」
浮竹の胸元をすっかり乱してはみたもののどうやら隊長印は無かったらしい。一護は跨がった状態で考え込み、今度は腰紐の辺りを探り始めた。
「あれ? なんで? おい、どこにあるんだよ」
知らん、自分で探せと浮竹は言う。
おいおい、と京楽は呆れてものも言えなかった。言ってはいけないのだが。
そして一護はとうとう浮竹の腰紐を抜き去ってしまった。縫い付けていないか念入りに調べていたがどうやら無かったようだ。敵は手強い。
「どこだよ」
明らかに苛々とした一護の顔、対して浮竹は暢気なものだった。つんと顔を逸らしてまたもや知らんと言い放つ。
「このジジイ‥‥」
その言葉は京楽にとっても痛かった。
そうか一護にとってはこの年代の男はジジイかー、なんて落ち込んでいると浮竹のくぐもった声が聞こえてきた。
一護が。
「教えてくれねえの?」
膝で浮竹の大事な部分をぐりぐりと‥‥駄目だ見ていられない。そうは思うものの好奇心から目が離せない。
「十四郎‥‥どこに隠した?」
ぐっと力が入った。あれは痛い。京楽は内心呻いたが、しかし浮竹は困ったような顔で。
‥‥‥‥そうか、気持ち良いのかお前は。
「教えてくれよ」
一護の指が浮竹のはだけた胸板をなぞる。男の分厚い胸の更にその頂きに触れたとき、一護はなんとそれに唇を寄せた。
というか一護ちゃんよ、そういうテクをどこで覚えてきたのかね。
京楽は思いもよらない一護の成長になんだか悲しくなっていたが、ふと顔を上げた一護の頬は紅く染まっていた。どうやら恥ずかしかったらしい。
良かった。本当に良かった。まだ初心なところは残っていた。
「判子くれたら、な、その、仲良くしよう?」
やはり一護は一護だった。
ここで一発やろうぜなんて言われた日には京楽は軽く一週間は寝込める自信があった。先ほどの行動は相当無理していたのだと分かってほっと胸を撫で下ろした。
そしてここで、ようやく浮竹が動く。腰紐の抜かれた心許ない袴に徐に手を入れるとごそごそし始めた。
どこに隠してるんだお前は。
一護も同じことを思ったに違いない。呆れた顔で出てきた隊長印を見下ろしていた。
「‥‥‥‥‥あ、じゃー、ここに」
示した書類にぽんと一回。
たったこれだけの動作をしてもらう為に一護は随分と苦労したらしい。ふぅと吐き出された溜息はとても疲れていたように思う。
「ありがとうございました。では失礼します浮竹隊長」
出来上がった書類を携えて一護はようやく浮竹の上から体をどけた。
どけようと、した。
「‥‥‥‥‥手が邪魔なんですが」
浮竹の両手が一護の腰をがっちりと掴んでいた。そして勢いよく体を起こすとそのまま一護の体を床へと押し付けた。
「わぁちょっと!」
形勢逆転だ。
この展開を予想していた京楽は読みの甘い一護に溜息をついた。そして袴を捲られ露になった一護の太腿におぉっと身を乗り出した。
「バカっ、ここをどこだと思ってんだっ、誰か来たらどうすんだよ!」
すいませんもう来てますそして見てます。
それにしても綺麗な脚だ。男の性から京楽の視線は一護の露にされていく体に思わず吸い寄せられてしまう。しかし浮竹に知られたら八つ裂き決定だ。怒った親友の般若の形相を思い出し京楽は渋々障子を閉めた。
直後だった。
「っあ! あ、あ‥‥‥‥はぁ‥‥っ」
痛みに耐える、それでも気持ち良さげな一護の声。
そして浮竹の大きく息を吐く音。
君達早過ぎるだろ。思わずずっこけた。
「何!? 今の何の音!?」
やばい。
慌てて退散するも、その後方からはこんな声が聞こえてきた。
大きな鼠だろう、髭の生えた派手な柄の。
浮竹め。
言い返したいのは山々だったが、大きな鼠はひとまず今日は退散した。