繋がっているようで繋がっていない100のお題
006 恋は盲目って言うから
「修兵さん」
その声はいつもと違ってしっとりと濡れていた。俺を見つめる茶色の目は潤んでいて、頬は薄らと赤く染まっていた。そして何よりその姿。袴はどこ行ったんだよ、え、俺が脱がした?
「修兵さん」
あの一護が大胆にも俺を押し倒してきた。そして俺の、腰紐を、口で。
やべぇ、鼻血が出そうだ。思わず鼻を押さえていると俺の腰紐を銜えた一護が顔を寄せてきた。乱れた死覇装で前屈みになるもんだから、その、胸が‥‥‥‥貧乳だけどエロい。
「好き」
夢? 夢だな? そうだなそうなんだろ!?
こんな、ウマい話っ、
「ん‥‥」
あった。
まず最初に落ちてきたのは唇ではなく俺の腰紐。その上から柔らかな感触が落ちてきた。
薄い布越しに一護の唇が重なってくる。間に挟まれたそれは次第に濡れてきて、布一枚隔てて俺達は激しく口付け合った。
随分とマニアックな初夢だった。
昔読んだ官能小説そのまんまの内容に、俺って欲求不満なのかと早朝からちょっと落ち込んだ。それもこれも一護があんまりやらせてくれないからだ。
まあ夢の中だけでもいい思いが出来て良しとする。それにしても衝撃的な夢だった。一護に迫られたことなんて一度も無い。
現在昼過ぎ。一護の奴、遅えな。約束の時間から十五分ほど過ぎていた。
男が一人、寒空の下で何をするでもなく突っ立っているのは一護を待っているからだ。周りではバカップル共がイチャイチャしながら神社へと向かっていた。
くっそーまるですっぽかされたみてえじゃねえかよ。さっきからちらちらと視線を投げてくるこのバカップル共めっ、見てんじゃねーよ一護はまだか!
「悪いっ、遅れた!」
そんな声がして振り返った俺はぱかっと口を開けた。
「明けましておめでとう」
「な、なんで、」
ここはあれだろ、あれ!
「なんで振袖じゃねーんだよ!?」
一護はきょとんと目を見開いて自分の格好を見下ろした。
「変か?」
「変だ変! 男もんの着物着てくる奴があるかよ!」
似合ってるけど、似合ってるけどっ、知らない奴が見たらなかなかのイケメンだけれどもっ!
「馬鹿!」
初詣なのに。端から見たら男二人。寒い、寒過ぎる。
「振袖は昨日着て昨日返した」
どうやら四楓院のお姫様と一緒に初詣に行ったらしい。てことは今日はもう初じゃねえじゃねえか、オイ。
「修兵さんは‥‥‥‥なんか格好良いな」
死覇装姿しか見たことのない一護にとっては今の俺の格好は新鮮らしい。渋い色合いの青の着流しに模様の無い簡素な羽織。普段は素行不良に見える俺だけれども今日だけはびしっと決めてきた。
それにしても一護め、振袖楽しみにしてたのに。相変わらずこっちの期待を気持ちいいほどに裏切る奴だ。
むっとしながらも一護の剥き出しの首が目に映った。俺は自分の首に巻いていた襟巻きを外すと一護の首へと手ずから巻いてやった。
「いい。いらね」
「遠慮すんな。前みたいに風邪ひいてぶっ倒れたくないだろ」
「あ、あれはぁっ、」
そこで一護の顔が真っ赤に染まる。その姿が夢の中の一護と重なって俺の体は熱くなった。
「修兵さんが、変なことするからだろ‥‥‥っ」
可愛い。
男同士のカップルだと思われてもいい。俺は周囲の目があるにも関わらず、一護の尖った唇にちゅっとやってその後拳を頂いてしまった。
そんな俺達はいわゆるお付き合いをしている。
「ごめん」
そのときの俺の顔と言ったらそれはもう間抜けなんだろう。だってさっきから口の中に冷たい風がびゅーびゅーと入ってくる。
俺はどうやら振られたらしい。
「だってあり得ねえだろ!」
「あ、あぁ?」
「なんで俺なんだよ! 俺のどこらへんを見て付き合いたいって思うんだよ!?」
一護はさぁ言ってみろと言わんばかりの強気の表情をしていた。
「どこらへんって、」
「修兵さんは乱菊さんみたいなのが好きなんだろ。言っとくけど俺の胸はこれ以上でかくはならねえからな」
「いや、それはやってみなくちゃ分かんねえだろ」
「面食いなんだろ。ちょっとでも崩れてたらアウトなんだって? だったら俺はアウトだ」
「セーフだって!」
一護の言う通り、俺は本当に面食いだった。今でもそうだ。
一護が可愛くないというわけじゃない。むしろすっげえ可愛い奴だと思う。それは顔が、とかじゃなくてなんて言えばいいのかよく分かんねえけど、とにかく今の俺は一護にしか性的興奮を感じないんだ。
「それに俺はっ、もっとこう野性的な顔が好きなんだよ! 修兵さんはどっちかっていうと繊細な顔してて、俺の好みの顔じゃねえ!」
言いやがった。
その言葉に俺の顔は確実に引き攣った。自慢じゃないが女に真正面からこうもきっぱり否定されたのは初めてだった。
「‥‥‥‥なんだよ、野性的な顔って」
思わぬ一護の反撃に俺はたじたじだ。なんだよ一護、逆ギレか? 乱菊さんもそうだが女はキレると恐ろしい。
「野性は野性だ。なんていうか、おおざっぱな感じの」
「つまりはブサイクじゃねえかっ、ぉおお前っ、ブサ面が好きなのか!?」
「悪いかよ!」
悪いに決まってる。俺どうなんの。
つーか一護よ、ブサ面好きとは知らなかった。あの大前田を直視できたのはそれか、そういうことだったのか。
「‥‥‥‥‥じゃあお前の言う、おおざっぱな顔になったら付き合ってくれんのか」
「え」
「整形くらいやってやる。ちょっと待ってろ」
頭に浮かんだのは阿近の顔だった。奴なら俺の顔を嬉々としてブサイクに作り替えてくれるだろう。
「わ、わ、待て! まさか本気、じゃないよな?」
「本気だ。顔なんて目と鼻と口が付いてりゃバランスなんてもんはどうでもいい」
その覚悟の台詞に一護は絶句していた。
そう、覚悟を見せなければならない。
「‥‥‥‥‥顔なんて本当はどうでもいいからっ、だからちょっと待てよ!」
その言葉を聞き出すのに俺は技局の手前まで行った。
思えば随分と強引なやり方だったと今になって思う。
「なんか、煙草の匂いがする」
「あー、悪い」
「修兵さんの匂いだ」
その照れたような表情で襟巻きに顔を埋める一護に俺まで照れてしまう。
「ここだ」
着いたのは小さくて寂れた神社だった。当初予定していた神社の鳥居の前で俺がしでかしたもんだから場所を変更したのだ。殴られた頬が今でも痛い。
俺はつい最近まではこんなところに神社があったなんて知らなかった。知ったのは阿近との世間話の中で聞いたからだ。
『技局でさえ捨てるに捨てられないものを時折そこに、な』
ぼそっと打ち明けられた事実にそのときは背筋が寒くなった。初詣がそんな曰く付きの神社なんて今年一年呪われるんじゃないかと思ったが何も知らない一護は暢気なものだ。
「誰もいねえな」
並ばなくて済んだと喜ぶ一護はさっさと賽銭箱の前まで行くと小銭袋を取り出していた。あ、あれ先月俺がやったやつだ。使ってくれてたのか。
「えーと、家内安全‥‥‥」
ぶつぶつと口に出される一護の願い事は至極健全なものだった。対して俺はあれしかない。
「一護とセックスいっぱいできますよーに」
頼む神様。霊王か?
どっちでもいい。とにかくお願いします。
「‥‥‥‥最っ低」
「あ? なんだよ」
隣では一護がなにやらぷるぷる震えて怒っていた。
「お、俺と、セッ、セック、」
「セックス?」
「言うな! 変態っ、バカっ、気持ち悪い!」
バキっと拳で殴られた俺の視界をチカチカと星が舞っていた。今年に入って既に二度も拳を頂いてしまった。
「あんだよっ、痛ってえな! つーか気持ち悪いって何だよ!」
「今の取り消せっ! 真面目に願いごとしろっ」
「真面目だっつうの! お前とセックスしたいからセックスしたいって願いごとして何が悪いんだよ、セックス!」
セックスと言うたびに一護の顔がどんどん赤くなるので最後は意味も無く叫んでみた。そしたらもう一度殴られそうになったので俺は慌てて避けた。去年よりも威力を増した一護の拳はもはや殺人的だ。
「なんであんたはそうなんだっ、少しは阿近さんを見習え!」
「なぁにが見習えっ、だ! あいつだって考えてることは俺と変わんねえよ!」
一護と初詣に行くって自慢したときに阿近の奴なんて言ったと思う、神聖な境内でお前のこと犯してみたいとか言ってたんだぞ。
「阿近さんは違う。今年はより一層仲良くしようなってそういう健全なことを年賀状に書く人だ」
「深読みしろ。言葉は違うけど本質は一緒だ」
「仲良くしたいのとセッ、セッ、セなんとかは違うだろ!」
「セックス!」
「だから言うんじゃねえよ!!」
再び殴り掛かろうとした一護の拳を受けとめて引っ張ってやった。三度目は勘弁願いたい。
「っん、んん」
ぶつけるなら拳よりも唇をぶつけたい。だからそうしてやった。ぶちゅーと、それはもう盛大に。
この神社に技局が不法投棄したもんがごろごろしてるとかそういうことを抜きにすれば静かでなかなかにいい場所だった。一護もそんな雰囲気に押されたのか暴れるのをやめて俺の着流しを握りしめ恥ずかしそうに目を瞑っていた。ガキみたいな面、でも誰よりも愛しく感じる。俺ってどうしちまったんだと思うのは今さらだった。
最後にきつく一護の舌を吸って解放してやった。一護はぱっと離れると唇を着物の袖で擦っていた。その毎度おなじみの行動に俺は結構傷つくんだが。
「もっとしてえ。でも家に帰ってからだ。いいよな?」
「へ、あ‥‥‥‥‥うん」
一護は強引に迫られるとあぁ川の流れのようにすいすいと流される。今はそれがありがたいが俺の前だけにしておいてくれよ。
「好きだ。今年もよろしく」
額同士をくっつけ合ってそっと囁いた。一護ははにかむように笑い、そしてちゅっと俺に口付けてくれた。
「よろしく」
初夢には程遠いけど、俺はそれだけで幸せだった。
今年もいっぱいセッ‥‥‥‥よろしくしたい。