繋がっているようで繋がっていない100のお題
009 縛ってでも連れていくよ
「俺達、そろそろ結婚すっか」
付き合って二年目にプロポーズ。
これが早いのか遅いのか一護は判断しかねるが、一応二人の気持ちは同じだし、することはしたし、まあ他に適当な男もいないしなーとは思っている。
「あぁ、挙式とかやんなくていいぞ、めんどくせーし。役所に書類出しとくだけいいから」
ちなみに現在、朝。
昨夜から泊まりに来ている一護は、家の主よりも先に朝刊を広げ、居間で寛いでいた。
朝食はまだ済ませていない、相手の男が先ほどからうつらうつらと船を漕いで、未だ夢の中にいるせいだ。すっかり目を覚まさないことには食事にありつけない、なぜならこの男が作るからだ。
しかし一護の一言で、漕いでいた船が波間から飛び上がったように、男はハっと顔を上げた。
「いち、ご、さん‥‥‥‥今、なんて?」
「だから結婚しようか俺達」
朝刊に掲載されている四コマ漫画を読みながら、一護は同じことをさらっと言った。途端に、男がガタガタと音を立てて、二人を隔てる食卓に身を乗り出してきた。
「けけっ、結婚!?」
「うん」
なんだこの四コマ、意味が分からん。
一護は生返事をしながら、意味不明のオチをつける四コマ漫画に釘付けになっていた。
「嘘っ、嘘ぉ‥‥‥‥うわぁあああああい!!」
ドンドンドンっ、と食卓を滅茶苦茶に叩き身悶える男の横で、一護はついにオチの解読を諦めた。なんだか朝から不愉快な気分だ、そろそろいいか。
「ーーーなんてな、今のは嘘だ。今日が何日か知ってるか? エイプリルフールだ愚か者め」
ふふん、と笑って新聞から顔を上げた一護は、しかし呆気にとられた。
誰もいない。馬鹿みたいに喜んでいた男は、こつ然と姿を消していた。
「ぉおおお前らっ、結婚するってほんまか!?」
四月二日。
出勤した一護を一番始めに出迎えたのは、五番隊の隊長、平子だった。さらさら〜と肩を滑り落ちる長髪がまるで洗髪剤の広告にでも出てきそうなほどに美しい。
がしかし、顔はこれでもかというほど歪んでいた。元の造作は悪くないくせに、この人は自分の顔を崩すことをまったくと言っていいほど厭わない。一護は常々勿体無いと思っていた。
「はぁ? 結婚? 俺が? ‥‥‥ハハン!」
「うぉお、鼻で笑とる‥‥なんか頼もしいな‥‥」
結婚とはまた恐れ入る。もっとひねった冗談にしろ。
一護はその根も葉もない話を心底嘲笑った。
「でも浦原が、昨日からあっちこっちで触れ回っとったで? わざわざ各隊訪ねて、これからもよろしく〜とか、姓が黒崎になるかもしれんけど〜とか」
昨日は休日だった一護には、もちろん与り知らぬ話だった。
一瞬眉を寄せ、そしてぎくりとした。
「しがつついたち!!」
オーマイガ! と両手を上げ、一護は絶叫した。
まさか、まさかあのバカ男!
「あ〜いちごさ〜ん」
馬鹿間抜けな声が背後から聞こえ、一護はもの凄い勢いで振り返った。見ると、いつもよりも若干内股気味の恋人がこちらに向かって駆けてくる。
「いちごさ〜ん‥‥‥じゃなくて、奥さん、いや、お前? ッキャ! ボクってば亭主関白!」
やってしまおう、と一護は思った。
や、にどんな漢字を当てるかはお任せする。いざ。
「お早うございますっ、ああっ、なんて素ン晴らしい朝なんでしょうね!」
斬魄刀の柄を握り、姿勢を低くして飛びかかった一護だったが、切先はなんと浦原の指先二本で止められてしまった。これがどんなに押しても引いても動かない。どうなってんだ。
「昨日は一護さん、お休みだったでしょう? だから会えなくて、そのせいかあれは夢だったんじゃないかと思ってしまって、本当に現実だったのかどうか不安で不安で仕方なくって‥‥でもっ、あぁ!!」
「うわわっ!」
切先をぴっと振るように投げられて、一護は体勢を崩す。そこを浦原の腕に抱きとめられ、うんと顔を近づけられた。
「やっぱり現実だった。ボクの白百合‥‥」
「クさ!」
離れたところで平子がげーげー言っていた。しかし幸せの絶頂にいる男には聞こえなかったようだ。
「ねえ、挙式はやっぱり上げましょう? もちろん大安に。まあ尸魂界ですし、仏滅でもいいですけど」
「‥‥‥はぁ!?」
「一生に一度の晴れ舞台なんですから、ここはパーっと派手にやっちゃいましょう!」
ね、と言われて唇を塞がれる。
待て、これは間違いだ、お前の勘違いなんだっ、一護は塞がられた唇を必死に動かしたが、積極的ととられたのか、浦原の口付けが激しくなった。
「っは、離せー!!」
両手で浦原の顔を押し返し、一護は息切れしながらもどうにか二人の間に空間を作り出した。朝から既に、虚討伐の任務を三回ぶっ続けでやったくらいの疲労感が押し寄せている。結婚なんてしてみろ、死ぬぞ。
「結婚の話は嘘だっ、うっ、そっ!!」
「うそ?」
「そうだっ、嘘! エイプリルフールだコノヤロー!」
「あは〜、今日は四月二日ですよ〜、一護さんってばおっちょこちょいなんだから〜」
つん、と額を突かれて一護は仰け反った。
「アホ! 昨日のことだっ、昨日言ったからあれは嘘なんだよっ! オメーとは結婚しねーよ!」
これだけ言って分からなかったら、残念なことにこの男の脳みそはぶっ壊れているのだろう。ある意味とっくにぶっ壊れてはいるが、ぎりぎりのところで大丈夫‥‥なのだと思いたい。今は甚だ自信が持てないが。
「結婚、しないの? ボク達?」
「‥‥‥そうだ、付き合ってまだ二年だぞ?」
浦原のエロ顔が、いつの間にか捨てられた子犬顔になっている。この顔に一護は弱い。
「いやっ、えーっと、今は、ってことだ、俺達まだまだお互い知らないことがあるだろ、その溝を埋めるにはもうちょっと時間がかかるんじゃね、いやかかるだろ!」
「ちなみにどれくらい?」
つまりは執行猶予。
ここは大きく見積もっとこう。
「ごじゅー‥‥」
「え?」
「あ、いや、じゅ、十年‥‥?」
浦原の顔が一瞬鬼の形相になった。緩められた頬肉が、こう、くわっ、と。
慌てて言い直した一護の猶予は十年。どうかな、と上目遣いに浦原を見ると、そこには満面の笑みを浮かべる恋人の顔が。
「そうですか、十年、」
その間に何も無ければ、十年後、二人は結婚。何かあれば、まあ仕方ない、男女の関係は移ろいやすいものだ、縁が無かったということで。
「でも、婚姻届、もう出しちゃった」
そう、もう出しちゃった。
「出しただぁあ!?」
「筆跡真似て名前書いて偽造判子押して役所に出したから、私達もう夫婦ですよ」
「っふ! ふーふ!」
「あ、今の顔、可愛い」
唇を突き出してふーふー言う一護に何度も口付け、浦原はなおも言った。
「でも二人で出したほうが良かったかなあ‥‥。あのね、役所の人達がね、おめでとうございます、って総出で拍手してくれたんです。あぁ、ここに一護さんもいたらなあって、なんだか切なくなりました」
物憂げな表情で溜息をつく浦原は文句無しに格好良かったが、言ってることとやってることが一護にとっては最悪だった。
「っや、破り捨ててやる‥‥!」
「だからもう出しちゃったって言ってるじゃないですか。それとも何です? 今さら嘘でしたーって取り下げに行くんですか?」
なんてカッコ悪いんでしょ。ボクに恥をかかせるつもり?
一気に不機嫌になった口調で責められ、一護は口籠った。元はと言えば自分のついた嘘から始まったのだ、すべての責任は自分にある。
‥‥‥あるのか?
「結婚っ、結婚だぞっ! お前、分かってんのか!?」
「一護さんこそ、結婚が何なのか分かってるんですか」
意外な切り返しに一護はたじろいだ。
結婚というのは、つまり、えー‥‥。
「男と女が、仲良く一緒に暮らして、子供つくったり、犬飼ったり、新居立てたり‥‥」
「どこの幸せ家族計画ですか。子供も犬も新居も人それぞれですよ。ちなみにボクはどれも欲しくないですけどね」
「えっ、子供もいらねえのか!?」
「一護さんは欲しいんですか。ボクとの、子供」
一護は何も言い返せなかった。欲しくない、と言えば嘘になる。欲しいと言えば。
‥‥‥ほ、欲しい。
「う、うらはらぁ‥‥っ」
情けない声で恋人の名前を呼びながら、一護はへなへなと崩れ落ちた。
知らなかった。まさか自分が、こんなにもこの男のことが好きだったとは!
しかしいいのだろうか。こんな形で。あんなプロポーズで。
「お、お前っ、本当にいいのかっ、こんなので‥‥っ」
「こんなの、っていうのは一護さんのこと? もちろんいいですよ。バッチグーです」
「違うっ、状況のことだ!」
「状況? あぁ、嘘のプロポーズ? 別にいいんじゃないですかねえ、ボク達らしくって」
あっけらかんと言い放つ浦原のその瞳に嘘は無かった。そのいっそ見事なまでの自然体に、一護は全身から力が抜けていくのを感じた。
「結婚できるんなら、一護さんと夫婦になれるんなら、ボクはどんな形だろうと気にはしません。恋人達によってその形は様々なんだから、無理して世間一般の枠に収めるほうがおかしいですよ。‥‥‥まあでも、本当はボクのほうから結婚を申し込むつもりではいたんですけどぉ‥‥」
少し拗ねたように唇を尖らせる浦原を見上げ、一護はいつの間にか笑っていた。随分と力ない笑みだったが、最初の怒りはもう既にどこかに消えていた。
腹を括ろうか。
「ねえ、一護さん」
ん、と甘い声が一護の唇から滑り出た。もう許している自分に、一護は内心で苦笑した。
「ううん、ボクの奥さん。貴方はボクを、なんて呼んでくれるの?」