繋がっているようで繋がっていない100のお題

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  100 いつになったら一つに  


「最近、浦原の店には行っていないのだな」
 相変わらず怪し気な漫画を読みながらルキアが言った。
 日曜日。学校は休みで、一護が家にいてもおかしいことは何も無い。休日を自室でまったりと過ごしていた一護だったが、ルキアの一言で気分は一気に落ち込んだ。
「なんだ、喧嘩でもしたのか」
 漫画を放り出し、ルキアが嬉々とした表情で一護の顔を覗き込んでくる。面白がっているそれに、一護は雑誌で顔を隠すとベッドに寝転んだ。が、ルキアは意地でも聞きたいらしく、仰向けに転がる一護へとのしかかってくる。
「教えろっ、何があった!」
「なんもねーよ! 重いしうるせーし!」
 ベッドの上でぎゃあぎゃあ騒いで格闘していると、ふいに視線を感じた。なんだと思って見てみると、コンがハアハア言いながら窓の外に張り付いていた。
「貧乳の女の子同士が組んず解れつ‥‥‥‥イイ!!」
 そう叫ぶと同時にコンが窓を開けて二人に飛びかかってきたが、一護とルキアの華麗な連係プレーであっけなく床に伏すことになった。
 しかしこのバカの乱入でも会話の流れは変わらなかった。ルキアの期待する熱視線に根負けして、一護は数日前の出来事を話した。本当は誰かに聞いてほしかったのかもしれない。

「‥‥‥‥浦原が、その、‥‥‥俺と、したいって‥‥‥」

 ありったけの勇気を振り絞って言うと、一護は口を噤んだ。ルキアの反応がない。呆れているのか、聞いていなかったのか、一護は唇を尖らせると俯いた。頬が熱い。赤くなっていなければいいけれど。
「したいとは、つまりは何をしたいのだ?」
「っバ! バカ!」
 男の言う”したい”と言えばあの”したい”だ。一護くらいの年頃ならばおそらく誰もが理解できるだろうに、しかしルキアは普通の人間とは違う。齢五十を過ぎた美少女が一体どのような環境で生きてきたのか、一護は考えを巡らした末、そういえばルキアが大貴族の養子であることに思い至った。
「あー‥‥、だから、したいって言うのはだなぁ、」
「うんうん」
「うー‥‥、えと、‥‥‥え、えっち?」
「えっちとは何だ、外来語か」
 ひい、と一護は悲鳴を上げたくなった。こいつは何も知らんのか。
 それこそ情報なんて勝手に耳に入ってくる時代だ。こういう知識は自然と身に付くものであると思っていた一護が間違っていたのだろうか。いやしかし待てよ、ルキアは普段尸魂界で生活しているし、同棲の友人はいないと言っていたから、知らなくて当然なのかもしれない。
「えー‥‥、つまりだ、こっ、子供をつくる行為があるだろ、」
「なに!? 浦原の奴、お前と子づくり”したい”と言ってきたのか!?」
「違う! そこまで言ってねえ!!」
 落ち着け、とルキアに怒鳴って、内心では自分に言い聞かせた。
 保健体育の時間に習ったことを必死に思い出してみたが、語るには生々し過ぎる。オブラートに包めるものでもない。
「っだ、だから、一緒になるというか、繋がるというか、つまりは、が、がったい‥‥?」
「むぅ‥‥分からん」
 もう駄目だ、もう無理だ、これは一体どんな羞恥プレイだ。
 一護は泣きの寸前だった。そのとき小さな物体が必死に何かを訴えるアピールをしてきたので、一護はずっと足蹴にしていた状態から解放してやった。
「姐さん姐さん」
 耳を貸してくれというジェスチャーに応じたルキアに、コンは短く何かを告げる。そのすぐ後に、ルキアがぽんと手を打った。
「なんだ、閨事か。合体だの何だのややこしいことを言いおって」
「お前っ、実は最初っから分かってただろ!!」














 休日は当たり前のようにして一護と一緒に過ごしていた縁側で、浦原はひとり煙草を吸っていた。ぽわ、と輪っかを作って吐き出して、浦原は途端に溜息をついた。隣に一護がいたら、すっげえすっげえと褒めてくれるのに。
 しかし今は誰もいない。いるとすれば縁側に面した庭に、洗濯物を取り込むテッサイがいるくらいだ。その主夫っぷりを眺めながら、あれが一護さんだったらなあ〜、と思う。テッサイの背中はごつすぎて、それを一護に変換するのは至難の業だったが。
「店長」
「はーい?」
「煙草の匂いが洗濯物に移ります。吸うのなら洗濯物が無いときにしてくださいと言ってあるでしょう」
「はいはい、っと」
 吸う本数が増えたなあ、と思いつつも煙草を灰皿に押し潰す。今一護とキスしたら、煙草臭い、と怒られるだろう。
 ‥‥‥怒られたい。
 秋晴れの空を見上げながら、数日前の出来事を思い出していた。

『‥‥‥‥‥え?』
『だから、一護さんと合体したいなーって』

 最近話題のあのパチンコか、と一護が言ってきたがもちろん違う。遠回しな言い方が逆効果になってしまった。浦原はコホンと咳払いすると、もっと明確に言ってみた。

『一護さんの処女膜を貫通させたいのですが』
『死ね!!』

 罵倒と共に殴られた。分かりやすく言い過ぎたのが仇になった。
 しかしだ、愛情は充分に深め合ってきたし、想いを伝えて三か月が経つ。告白→手を繋ぐ→キス、という一般的な恋愛の流れも忠実に守ってきた。昔の浦原なら、目が合う→合体、だったのだから格段な進歩だ。
 まあそんな過去は置いておいて、二人の間には疑いようのない信頼関係と何より愛があった。それなのに死ねとはこれ如何に。
「恥ずかしかったのかなあ。ねえ、テッサイはどう思います?」
 縁側にでかい図体をちょこんと正座させて、テッサイは洗濯物を畳んでいた。これが一護だったら‥‥いや、もうよそう。
「そうですなあ、店長の言い方がえげつなくて拒否反応を起こしたのだと思われますが」
 事の次第を知っているテッサイが至極まっとうな意見を述べた。
「やっぱりー? 処女膜は駄目だったかあ。せめてアタシのイチモツ受け入れて、にすればよかったなあ」
 この人は根本的に駄目だ、とテッサイが思ったとは浦原は知らない。一生知らない。
「黒崎殿はまだ学生です。せめて高校を卒業するまで、見守ってさしあげては?」
「えぇ〜! やだやだ〜!!」
 テッサイはイラッときた。が、それを浦原が知ることは無い。
「だって、早く一護さんをアタシのものにしたいんですもの‥‥」
 床板にのの字を書いて、浦原は盛大に溜息をついた。
 たしかに一護はまだ学生でそれも未成年だ。その体は未発達に違いない。しかし未発達には未発達なりの色気があって、一護は無意識に誘惑してくる。それは浦原だけではなく他の男に対してもそうだから、恋人としては気が気じゃない。だからこそ、早く自分のものにしてしまいたいと思って何が悪い。
「あのぺったんこの胸はもう立派な凶器ですよ。この間なんかね、背中にぴたーっとくっついてきてね、小さいくせに弾力がありやがるんですよ、しかもノーブラですよ、二つの尖りが背中に当たってあぁもうほんっと犯してやりたかった!!」
「店長、落ち着いて」
 いつ入れたのか、テッサイが湯気の立った茶を差し出してきた。浦原はそれを一気に煽ろうして失敗した。しかしその熱さに少しだけ冷静になれた。
「こんなオッサンとはしたくないとか思っちゃってるんでしょうか、もっと若いのがいいんスかねえ」
 浦原は普段がだらしないだけで、身綺麗にすれば実は結構若くて男前である。それをあまり自覚していない本人に、テッサイは苦笑した。
「黒崎殿は店長がいくつだろうが気にはしていないでしょう」
「でもアタシはこのままだとしても、一護さんはどんどん歳をとっていくでしょ? アタシは一護さんが受け入れてくれるなら、おばあちゃんになっても愛せる自信ありありですけど。でも一護さんはどうなのかな。あの子、結構悩んで迷路に嵌るタイプだから、最終的にアタシを思って身を引きそうな気がするんですよ。『もっと若いの相手にしろっ』とか言って、‥‥‥うわぁ、すっごい想像できる」
 一人で勝手に妄想して勝手に落ち込む浦原の肩を、テッサイが労るように叩いてきた。かなり痛かったが、こうして相談に乗ってくれるのはテッサイだけだった。夜一は駄目だ、指を差して笑われる。
「人間の寿命はたかだか八十年‥‥‥‥なんて短いんでしょうねえ。テッサイ、アタシはそんな短い一護さんの一生を誰よりも何よりも独占していたいんです。この歳になって何を今さらと思うかもしれませんが、人生で初めて、このアタシが誠実でありたいと思える人に出会えたんですよ」
「素晴らしいことだと思います」
「ありがとう。‥‥‥なんだか照れるな。話しすぎた」
 いくら信頼している部下とはいえ、心の内を吐き出すことは浦原にとっては慣れないことだ。テッサイは珍しい上司の姿を見て、満足したように頷いていた。
「今、喋ってくれたお話を、黒崎殿にしてみてはいかがですかな。合体だのイチモツだの、そんな言葉を並べ立てずとも、黒崎殿自ら店長の胸に飛び込んできてくれるでしょう」
 テッサイの提案に、浦原は「ぎゃっ」と叫び声を上げた。
「今のを!? そんなの無理ですよっ、恥ずかしい!!」
 乙女みたいに両頬に手を当てて、浦原はいやいやと首を振った。今の話は忘れてくれとテッサイに念を押すと、浦原は用も無いのに店を飛び出していった。













 日が沈み始めた夕刻、一護はぶらぶらと家の近所を歩いていた。
 家にいるとルキアとコンが煩いので居られたものじゃない。ルキアは行け行け行ってしまえと無責任なことを言ってくるし、コンは捧げるなら俺様に捧げろとか無茶なことを言ってくる。
「‥‥‥だぁっ、もう!」
 二人とも他人事だと思って適当なことばっかり言いやがって。
 一護は目の前に転がっていた空き缶を、怒りに任せて思いっきり蹴飛ばした。美しい放物線を描きながら、汚い空き缶が夕日の光を反射させてキラリと光る。それに何となく魅入っていると、落下地点に人影を発見した。
「アイタ!」
 見事空き缶が命中した下駄帽子がぱっとこちらを振り返る。一護はそれを目にした途端、逃げようと思った。思ったのだが、足が一歩も動かなかった。
 二人の間には随分な距離があった。普段なら駆けつけてくる男も、今日に限って一歩も動こうとしない。
 怒っているのだろうか。さすがに死ねは言い過ぎだったな。
 せめて謝るだけでも、と一護が一歩だけ足を踏み出すと、それを確認した男が怒濤の勢いで詰め寄ってきた。
「ごめんなさい一護さん!! アタシが悪うございました!!」
「ぐえっ」
 突進されたのち締め上げるように抱きしめられて、一護は息を詰めた。
「もっとソフトに、ロマンちっくに言えば良かったんですよね!」
「は?」
 浦原の胸板に両手をついて距離を取ろうとしていた一護は怪訝な顔をした。浦原は帽子を取ると、きりっと顔を引き締める。それが夕日に映えて、実は格好良いんだよなあ、と一護に思わせた。
 が、しかし。
「アタシと目くるめく一夜を過ごしましょ? 何度も昇天させてあげる」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 たしかに言い方はソフトになったが、なぜだろう、前よりも拒否感が起こるのは。そして夕日が沈むこの時間、雰囲気たっぷりでロマンちっくには間違いないが、なぜだろう、早く家に帰りたいと思うのは。
「あれれ、一護さん?」
 一護は額に手を当てて、参った、というポーズをとった。そしてうんと息を吸って吐き出すと、困惑する浦原にぎゅっと抱きついた。
「っつ、ついにアタシに体を委ねてくれるんスね!?」
 興奮した声音に、一護の頬は紅潮した。煙草臭い作務衣を握りしめ、小さく呟いた。
「もうちょっと、待ってくれよ」
「もうちょっとってどれくらいですか、地球が何回まわったらですか」
 ここで下手に数字を言おうものなら、この男は指折り数えるに違いない。そしてハイ回りましたよ〜とか言って即襲ってくることは目に見えている。
「‥‥‥‥俺の覚悟が決まったら」
 それはいつとも言えないものだった。浦原がなにか言いたげな顔をしていたが、次には困ったように眉を下げ、「‥‥‥分かりました」と頷いてくれた。
 それからは自然と顔を寄せ合って、久し振りに感じる相手の唇や舌の感触に二人は夢中になった。たっぷり時間をかけて互いの熱を確かめ合ったあと、浦原が濡れた一護の唇を指でなぞりながら言った。
「覚悟が決まったら、いつでも言ってくださいね。いつまでもお待ちしています。一護さんがおばあちゃんになっても、死んで魂魄だけになっても、アタシはしつこく待ち続けてやる」
 そんなに待たせたりはしないのだが。
 その台詞は、再び重なってきた浦原の唇に吸い込まれていった。

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