繋がっているようで繋がっていない100のお題
014 勝利は君のものだ
「困る‥‥‥‥」
そう呟いて一角は黙ってしまった。
突然だった。困ると言われても弓親はどう返せばいいのか分からない。むしろ困るのはこちらのほうだ。角度の問題か、先ほどから一角の頭部に反射した光が眩しくて眩しくて。
「何が困るって?」
さりげなく手で光を遮って無難に聞いてみた。
「だから、困るんだよ、アイツ」
「アイツ?」
「一護の奴だよ」
一角はわずかに俯いて溜息をついた。頭を下げるものだから別方向からぎらっと光が反射して、せっかく手で遮っていたのに弓親は眩しさに目を瞬いた。
「アイツ、何なんだよ本当にっ」
「あの子がどうしたの」
それにしても眩しい。弓親の視界ではチカチカしたものが浮遊していた。
「前からそうだったけど、最近ひでえんだよ」
「だから何が」
酷いのはお前のその反射する頭部だ。磨き過ぎだハゲ。
言いたいがそれは後にしよう。もっと分かりやすく言えと促した。
「だからっ、可愛過ぎて、困る‥‥‥っ」
「‥‥‥‥‥‥‥ハァ?」
今の自分の顔は正直美しくないだろう。自覚してはいてもこればかりはしょうがない。
コイツは今、何て言った?
「やること成すこといちいち可愛いんだよアイツ! ほんと困る!!」
頭を抱えて言い放つ言葉は惚気にしか聞こえない。
「前は抱きたいっつってもヤダとか言って散々抵抗してたのに今はなんか大人しくなっちまってもうヤバいっ、昨日なんてヤってる最中に気持ちいいって泣き出すんだぞ!?」
呆れてものも言えないとはこのことだ。
黙り込む弓親を置いて一角はなおも言う。
「ちょっと触っただけでも感じて腰砕けになるし、胸だけでイッちまうし、」
もういい、聞きたくない。
惚気話ほど殺意の湧くものは無い。
「最近眠いとかよく言って、俺の目の前で無防備な姿晒しやがって」
「え? 今なんて?」
「だから胸だけで」
「そこじゃねーよハゲ。その次だ」
「‥‥‥‥眠いって、」
目の据わった弓親はそれからふむと考え込んだ。
「他には? 食べ物の趣向が変わったとか」
「あぁ、あるな。しかしなんつっても最近のアイツの体は敏感なんだよ。やっと開発されてきたって感じか」
嬉しそうに言う一角は放っておいて弓親は一つの可能性に行き当たった。
間違っていなければ、それはおそらく。
「できちゃった」
弓親の背中に隠れ、一護は消え入りそうな声でそう言った。
「は?」
「だからできたんだよ」
「何が」
この鈍感。
弓親はひたすら恥ずかしがっている一護の手を励ますように握ってやった。
「あぁテメエ弓親っ、俺の女に触んじゃねえよ!」
「手握ったくらいで煩いんだよ。ほら、ちゃんと言って」
一護を前に出して弓親は頑張れと囁いた。それだけで一角が激しく睨んできたがこちらは余裕の笑みで返してやった。
「あの、一角、」
「言っとくが俺は別れねえからな」
「は?」
ぽかんとした一護の胸ぐらを掴んで引き寄せると一角は厳しい表情で弓親を睨み据えた。
「こいつは俺のもんだ。後からしゃしゃり出てきて奪おうなんざ」
「何言ってるんだこのハゲ!」
「あぁ!?」
「だからできたんだよっ、分かる!?」
「分っかんねえよ! 新しい男ができたんじゃねえのか!?」
そうきたか。
弓親と一護は同時に呆れた。
「とにかくコイツは渡さねえからな。俺のガキ産んでくれるって約束したんだ、そうだよな!?」
腕の中に収めた一護を見下ろしそう言い放つ一角の顔は珍しく不安げだった。離さないとでも言うように一護を深く抱き込んで、嫌だ別れないと訴える。
「一角、だからできたんだって、」
「駄目だ、認めねえっ」
「認めてくれないと困るんだけど‥‥‥」
心底困ったような顔をして一護は弓親に助けを求めてきた。弓親は口の動きだけではっきり言ってやれと伝えた。
「あの、だから、俺達の」
一角の耳元に囁いて、一護はそれから反応を伺った。まるで石にでもなったかのように一角は固まり動かない。瞬きすら消えて硬直すること数十秒。
「俺達二人の‥‥‥?」
「うん」
頬を染めて頷く一護はおそらく世界で一番美しい。弓親は嬉しさと寂しさが同時に襲いかかってきたような感覚を味わいながらも二人の様子を見守った。
そして二人が口付け合う寸前でくるりと背を向け歩き出す。
おめでとう。
小さな呟きが風に乗った。