繋がっているようで繋がっていない100のお題
018 本当は僕が縊り殺してしまいたい
遅い。
現在、午後四時。
一護は三時に来ると言ったのに。
「遅いですねえ。もしかしてすっぽかされた?」
商品棚の整理をしていたテッサイはそれは無いでしょうと言ってくれたが、待ちぼうけを食わされた浦原は浮かない顔のまま一護を待った。
もしかしたら虚が出たのかもしれない。けれど一護なら手間はかからない筈だ。
それとも重い荷物を持った老人か今にも産まれそうな妊婦に遭遇したのかもしれない。一護なら放っておけないだろう。老人の家まで荷物を運んでやるか、子供が産まれるまで付き添っていそうだ。
最悪、事故に?
そういえば連絡が無い。つまりは連絡が出来ない状態。
「店長、どちらに?」
「迎えに行ってきます」
下駄を履いて外に出れば自分を不思議そうに見上げる雨とジン太がいた。
「黒崎サンが来たら待つように伝えてくださいね」
霊圧を探ろうと意識を集中させれば、対象は意外と近くにいることが分かった。その先へと顔を向けると間を置かずに角からオレンジ色が飛び出してきた。
「店長、良かったな」
随分年下のジン太に背中を叩かれて浦原はよろめいた。雨からは年上の女のような包容力のある笑みを向けられるし、今の自分はそれほどまでに嬉しそうな顔をしているのだろうか。
「黒崎サーン、アタシ待ちくたびれましたよー」
照れを誤摩化すようにいつもの調子で戯けてみせた。両手を広げて飛び込んできてと言ってみれば一護は当然ふざけんなと言い返す。
「‥‥‥‥‥あれれ?」
筈だったのだが。
一護は自分の胸に飛び込んできた。ぎゅっと背中に両手を回して抱きついてくる。
「どうしたの?」
胸板に顔を埋めたままで一護は一言も発しない。抱きついてくる腕の力が増しただけだった。
「店長何してんだよ!」
「は、」
「店先よりも部屋にお連れするべきかと‥‥」
「へ、あ、そうか、」
子供達に指摘され、浦原は一護を伴い店へと入った。部屋へと着いても一護は相変わらず一言も喋ろうとしない。一度離れた体を再びくっつけてきた。
「黒崎サン、何かあったの?」
無言で擦り寄ってくるなんて珍しい。
「嫌なことでも? そういえば今日、映画を観てくるって言ってましたよね」
変な男にでも声を掛けられたのだろうか。その場合、一護なら撃退できそうなものだが、よほど相手がしつこかったのかもしれない。
「ねえ、何かあったならアタシに言ってくださいな」
「‥‥‥‥って、」
「え?」
耳を近づけると一護の吐息が掛かった。そして確かにこう聞こえた。
『触ってほしい』
「‥‥‥黒崎サン? アナタほんとにどうしたんですか」
真顔で聞き返すと一護は顔を真っ赤にさせていた。余程恥ずかしいことを言ったと思ったのか、小さな声でなんでもないと首を振る。
「帰る」
「待って。何があったんですか」
「言いたくねえよ、離せ」
「嫌です。ほら座って、コートも脱いで」
一護を薄着にさせると顔を近づけた。最初はふっと掠めるように唇をくっつけると次には一護のほうから積極的に押し付けてきた。やはりいつもと違う。まるで何かに追いつめられたかのように一護が自分へと逃げてくる。
「黒崎サン、ね、何があったか話して?」
口付けを一時中断させてみても一護は聞く耳持たない。頑として言いたくないと主張して、恥ずかしながらも迫ってくる。嬉しい状況だが何が一護をそんなに怯えさせているのか、恋人としては知っておきたいところ。
「話してくれたら触ってあげます」
「‥‥‥‥なんだよそれ」
いつもだったらこっちが頼みもしないうちから触ってくるくせに。
不満そうに唇を尖らせる一護の言い分は正しいが、隠し事をしている一護が悪い。おそらく怖い目にあったのだろう、だったら聞いて安心させてやるのが恋人の務めではないか。
「アタシがいます。怖くありませんよ。だから話して」
両手を握ってうんと優しく語りかけた。一護はしばらく黙っていたが、やがては絞り出すような声で告白した。
「‥‥‥‥‥‥痴漢に」
尻を触られた、と一護が言い終える前に浦原の頭のどこかが切れた。
「黒崎サン」
「っは、ハイ、」
自分は今どんな顔をしているだろうか。一護がとても驚いたようにこちらを見てくるから、きっと今まで見せたことの無いような表情が顔に乗っているのだろう。
「ちょっと待っててくれます?」
「‥‥‥‥‥浦原?」
「それって駅ですよね。相手の特徴は? まぁいいか、触ったんなら黒崎サンの霊圧残滓が残ってるだろうし。うふふ、こういうときこそアタシの作った霊子機器が役に立つんじゃございませんか」
押し入れから箱を引っ張り出し、そこから取り出したのはどこにでも売っていそうな可愛い子犬の玩具だった。
「可愛いでしょう? 霊圧を辿る警察犬のようなものなんですよ」
「へえ‥‥‥」
それを聞いて、危険なものではないと判断したのか一護の表情が緩む。
「対象を見つけ次第、ゴリっと抹殺する正にスグレモノです。あ、ゴリっていうのは相手の首をへし折るゴリっであって」
一護が慌てて浦原から子犬を奪い取った。
「バカっ、そこまでするか!?」
「しますよ。黒崎サンのお尻を触っていいのはアタシだけなのに」
自分のものに手を出されたら不快に思うのは当然だ。極真っ当な意見を述べたつもりだが一護はぶんぶんと首を横に振って子犬を背中の後ろへと隠してしまう。
「さ、渡してください。すぐにゴリっとやって帰ってきますから」
「駄目に決まってんだろ!」
一護は子犬を窓の外へと投げ捨ててしまった。あ、と思ったがもう遅い。地面にぶつかる硬い音がした。
「黒崎サンったら、」
「お、俺が、触れって言ってんだぞっ、」
耳まで赤い。一護の言う通り、今すぐ触りまくってやりたいが件の痴漢を野放しにしておくのも気が収まらなかった。
一護の尻も胸も腰も何もかもが自分のものだ。それを自分の許可も無しに(許可など決して出さないが)触るなど言語道断、ゴリっどころかグッチャグチャにしてやりたい。
「浦原っ」
突然、一護が胸ぐらを掴んでくると至近距離で怒鳴った。
「感触が残ってて気持ち悪いんだよっ、どうにかしろ!」
自分以外の。
その許し難さに体が勝手に動いていた。一護をうつ伏せにして浦原はその背中に覆い被さる。耳にふっと息を吹きかけてやれば一護の体がびくりと揺れた。
「後ろから触られたの?」
「‥‥っちょ、待っ、やっぱ触んなっ、お前が痴漢っぽい!」
なにかのスイッチが入ったみたい。
朗らかに浦原がそう告げれば一護の全身が硬直した。こうも怯えられては良心が傷む。
筈が無かった。
「痴漢プレイってありますよね。大声出しますよって言ってみて?」
ぎゃあと一護が叫ぶ直前に唇へと噛み付いて、あとはお望み通り触ってやった。
こういうのもいいですねと最中に言ってみたけれど、痴漢の囁きとして一護には無視された。