繋がっているようで繋がっていない100のお題
020 第三者の手に
気付けば目で追っていた。
隊長を表す白の羽織の上に派手な花柄の羽織を纏っていたからか、すぐにでも見つけられた。その隣には優秀な副官。二人して言葉を交わし合い、最終的には隊長のほうが分厚い辞書で殴られていた。
仲が良い。
噂ではあの隊長は自分の副官に惚れているそうだ。噂でなくとも実際の二人を見れば一護もそう思う。でれでれとした、けれど暖かみのある目は父が母に向けていたのと同じそれだった。声には甘みがあって、他の女性に対するものとは若干異なる。きっと特別、というやつなのだろう。
「お、一護ちゃん」
遠くから手を振られた。一護は気付かないフリをして通り過ぎようとしたが。
「いーちーごちゃ〜ん!」
大声を張り上げられてしまえば無視できる筈も無い。一護の近くにいた死神達は気付いているのだから。
仕方なく頭を下げればこれまた大声で、お早う今日もいい天気だねまるで君のような太陽が空に、なんて言われた。一護はまた頭を下げ、そそくさとその場を離れた。
嬉しかった。
台詞は少々どころか大層恥ずかしかったけれど自分という存在に気付いてもらえたことが一護にとっては何よりで。緩む唇に、しかし慌てて引き結んだ。
自分なんかがあの人とどうにかなるなんてことは考えるだけでも一護を申し訳ない気持ちにさせた。平隊員なのに隊長から気軽に声を掛けられるもののそれは以前に偶然知り合っただけのことだった。そこから何か発展するなんて思ってはいけない。
一護は息を吐き、もっと現実を見ろと自分に言い聞かせた。そして見下ろした床がふっと陰り、何だと思って顔を上げればそこにいたのは先日、一護に好きだと言ってきた男性死神だった。
持つよと言われて書類をとられた。一護は慌てて取り返そうとしたが、その書類は頭上へと掲げられて一護ですら手が届かない。あの人と同じくらい背の高い男だった。
返せと強気でそう言えば男は薄らと微笑み一護の片手をとった。これならいいだろうと言われて手を繋いで書類を届ける羽目になった。周囲から向けられる好奇の視線に一護は真っ赤になって手を振り払おうとしたが、しっかりと握られた手は離れることは無かった。
端から見たら男同士が手を繋いでいるようだ。きっとそうに違いない。
一護がそう指摘しても男は笑って、そんなことは無い、君はとても可愛いよと言ってくる。さらりと恥ずかしい台詞を吐くこの男はどこかあの人に似ていた。顔はまったく似ていないが言動がまさしくそれだ。
聞けば上級貴族の次男坊らしい。設定まであの人に‥‥‥そう考えて一護はやめた。先ほどから比べてばかりいる。
ルキアや他の女性死神の情報によると大変おモテになるそうで、玉の輿だやったじゃんと口々に祝福された。ただルキアだけは微妙な表情で何も言わなかったことから、きっと自分が誰を想っているのか知っていたのだろう。
返事はいまだ言えていない。今はただ気持ちを知っていて欲しいだけで付き合いたいとかそういうのは後々の話だと男に言われたからだ。聡い奴だとそのとき思った。一護が断ろうとしていたのを敏感に感じていたのだ。
物思いにふけていると頬に柔らかい感触が襲った。
隙あり。
そう言われて一護はぽかんとした。今のはもしや。
顔に熱が集中して何も考えられなくなった。誰かに思いを寄せられるのは初めてで、それを行為で示されたのももちろん初めてのことだった。
訳の分からないショックに陥っていると体を優しく壁に押し付けられた。顎を捉えられて上向かされ、真剣な顔が間近に迫る。咄嗟に顔を背けようとした瞬間、あの人の顔がよぎって。
ほんの一瞬の躊躇が二人の距離を無くしてしまった。一護は初めて口付けされて体から力が抜け、それを支えられて繋がりは一層深くなった。舌を入れられたときは体が震えた。けれどもあくまで男は優しかった。怯える一護の背中を擦り、口付けの合間に大丈夫と囁いてくる。
この人なら。
そう思った。逃げたい一心だったのかもしれない。恋に苦しむ日が己に来ようとは人を好きになるまで想像もしなかったけれど、もう苦しさも限界だった。
男の死覇装を握り、熱い吐息を零す。名前を呼ばれて一護も名前を呼び返し、あとは恋人同士のように唇を重ね合った。
それが昨日のこと。
「結婚しよう」
一護にそう言ったのはつい先日恋人になった男ではなく。
「僕と、今すぐ、結婚してくれないか」
派手な羽織、いつも被っていた笠は今日は無く、相手の顔は一護からよく見ることができた。一護が何も言えないでいると珍しく戸惑ったような顔をしていた。
「えぇっと、結婚は急過ぎるよね、だったら、あぁなんだっけ」
視線がうろうろと彷徨っていて必死に言葉を探しているのが分かる。事態を理解できずに一歩後ろに下がれば途端に肩を掴まれた。
「‥‥‥‥好きだ。とにかく、あの男とは別れてくれ」
どうして、と増々訳が分からなくなった。
呆然としているとその人の顔が近づいてきて、一護は咄嗟に腕を突っ張った。
「一護ちゃん、」
駄目だ、いけない。
目の前の人を無視して恋人の顔を思い浮かべようとした。口付けの後、とても幸せそうに自分を抱きしめてくれたあの恋人の顔を。
「泣かないで」
裏切るわけにはいかない。
本当に愛しい人が誰かなんて、考えてはいけない。
「好きだよ」
抱きしめられて息が苦しくなった。
「好きなんだ‥‥‥‥ずっと想ってた」
俺も好きだよ。
けれどその言葉を、一護は涙とともに呑み込んだ。