繋がっているようで繋がっていない100のお題

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  022 ぷくりとした唇で啄む  


「夏休み、いつからとりますか?」
 蝉の鳴き始めた頃。気温もぐんぐん上昇し、病弱な浮竹を苦しめていた。今も額に氷嚢を乗せながら書類を一枚一枚捌いていた浮竹は、海燕の台詞にふと顔を上げた。
「‥‥‥‥もらえるのか?」
 普段から寝込んでいる浮竹にとっては毎日が夏休みみたいなものだ。覚えている限り、夏休みと銘打った休みをもらったことも、またとろうと思ったことも無い。そんな浮竹の心中を悟ってか、海燕が笑って言った。
「今年は特別でしょう?」
 その意味を理解した途端、ただでさえ熱い浮竹の体がさらに熱くなった。顔が火照り、だらだらと汗が落ちてくる。そう、今年は特別なのだ。
「一護はもう夏休みの申請出してますよ。隊長も一緒の日程にしときますね」
「お、おう、頼む‥‥」
「この夏で勝負を決めましょうや」
 天然タラシと言われ続けて数百年。自分は今、人生初まともな恋愛をしている、と思う。
 最初で少々突っ走って台無しにするところだったが何とか持ち直し、一護を真正面から口説いた結果、念願叶ってお付き合いすることに成功。キスから始まり体に触り、そしてこの夏、つ、ついに‥‥!
「隊長っ、鼻血!」
「ふがっ!!」
 書き損じた書類で思いきり顔面を押さえつけられ、浮竹は目を白黒させた。押し付けられた書類がみるみるうちに紅く染まっていく。興奮したからだろうか、本番もこんなのだったらどうしよう。
「気をつけてくださいよ。ただでさえ夏は体調崩しがちなんだから。それとも夏は避けて、勝負は冬休みに持ち越しても」
「っだ、だめだ!!」
「分かりましたから。あぁもう、一枚じゃ足りねえな‥‥」
 既に血まみれになった一枚目の代わりに二枚目を渡される。それをぼんやりとした様子で受け取る浮竹の頭の中は、既に夏休みのことでいっぱいだった。学生時代、一番性に対して奔放だったときでさえも夏休みという単語にこれほどまでのトキメキは覚えなかったに違いない。
「屋敷に呼んでもいいのか? それとも旅行? 海燕、どう思う!?」
「まあ落ち着いて」
 今度は小さく千切って丸めた書類を鼻に突っ込まれた。
「旅行先でぶっ倒れたらどうするんですか。もちろん自宅に決まってんでしょ」
 夏休みは、うちの屋敷で。
 浮竹は脳内に深く刻み込む。
「特別なことはしなくていいんです。一護にとっちゃ、男の家に泊まるってだけで十分特別なんだから。年甲斐も無くはしゃいで雰囲気をぶち壊さんように」
「覚えてるぞ、『おはし』のことだな」
「は? なんですそれ?」
「お前が言ったんだろうが!!」
 結局、書類作業は一向に進まなかった。代わりに完成したのが、浮竹の夏休み計画表である。



 同時刻。一護は女性死神協会の幹部達に呼び出され、とある一室で肩身を狭くさせていた。
「今日の議題は『夏・黒崎君が大人の階段昇る』です」
 なんだそれー!!
 と叫び出さなかったのは、隣にいるルキアが一護の口を塞いだためだ。一方、真面目な伊勢副会長から飛び出した冗談みたいな議題に、室内が俄に盛り上がりを見せた。
「お相手は我が十三番隊隊長、浮竹十四郎様です。えとえと、私のリサーチによりますとですねー」
 同じ隊の清音が、現在の一護と浮竹の交際について、その進み具合をそれはもうばらすばらす。隊舎の裏で隠れてキスしてたとか、雨乾堂にお茶を持っていった一護が中々帰ってこなかったとか。個人情報なんてあったものじゃない。
「でも肝心の一線は越えていない、というのが私を含めた十三番隊隊員達による予想であります!」
 報告が終了した頃には、顔を真っ赤にさせた一護がルキアに羽交い締めにさせられていた。暴れるかこの場を出ていこうとするが、本日の議題こと主役は一護なのである。当然阻止された。
「黒崎君がいかに素敵な一夏を過ごせるか、私達にかかっています」
 いや、放っておいてくれ。
 声を大にして言いたいが、暴れる一護があまりに煩かったのでついには猿ぐつわを噛まされていた。もはや拷問に近い。
「はいはーい! でぇとは一緒に虫取りに行ったらいいと思いまーす!」
「会長、アイスがあるので黙っててください」
 やちるはさておき、七緒が大真面目に議題を進行するのには訳がある。彼女曰く、上司である京楽に頼まれたらしい。
 ーーー数百年、本当の恋を知らずに彷徨ってきた無二の親友浮竹が、この夏本当の愛を手に入れるかもしれない。ここは大親友として是非とも協力してやりたいんだ。あぁっ、でもこのボクに教えられることがあるだろうか! そうさ、ボクこそが本当の愛を知らない哀れな羊‥‥。
 と、それ何キャラな京楽に乗せられてしまったのである。余計な真似をと一護が歯軋りしている間も、様々な意見が上げられていた。
「やっぱり王道は花火大会じゃない? 盛り上がったその勢いのまま茂みで」
「乱菊さん、いきなりハードすぎます」
「お祭りとかはどうでしょう?」
「いいわね、勇音! そんで盛り上がったその勢いのまま神社の境内で」
「乱菊さん、黙らせますよ」
「お化け屋敷とかはどうだ? 怖がる素振りを見せれば男などイチコロだ。だいたい男という生き物は女に弱さを求めているからな。フン、これだから男というのは」
「砕蜂隊長、男性批判はまた後で」
「匂いを嗅ぐだけでケダモノのようになれる薬が技局に」
「ネムさん、貴方もアイスを食べててください」
 ろくな意見が無かった。
 最早、ただ時間が過ぎるのを祈るばかりの一護は地蔵のように目を瞑って耐えていた。隣に座るルキアは、初めて参加する女性死神協会のパワーに圧倒されていた。
「ちっともロマンチックじゃないじゃありませんか! それでも護廷を代表する女性ですか、貴方達は!!」
 護廷を代表する女性達が、一平隊員の恋愛事情に首を突っ込まないでほしい。
 物言えぬ一護の意見は、当たり前だが誰の耳にも届かなかった。













 一護が解放されたのは太陽が西の山際に沈む頃だった。呼び出されたときは、たしかあの太陽は真上にあった気がする。
 疲れたのは一護だけでなく、ルキアもくたびれた顔をして既に帰宅の途についた。面白がってついてきたのが運の尽きだ。
 一護といえばまだ仕事が残っていた。突然いなくなったから同僚達にも迷惑を掛けただろう。どう説明しよう、まさか大人の階段の上り方について議論していましたなんて言える筈も無い。
 そりゃあ一護だっていつかは、と思っている。想像するだけで頭がピンクに染まってパンクしそうだが、たぶんそう遠い未来ではないとは何となくだが分かっていた。だってあれほど求められたら嫌だと言える自信がもう無くなってきている。己が抱える羞恥心さえ克服できれば、たぶんあとは。
「一護、おかえり」
 長く伸びた一護の影に、別の影が重なった。声をかけられた瞬間、一護の影は飛び上がった。
「どこに行ってたんだ? 探してたんだぞ」
「えっと‥‥‥‥‥内緒です」
「男か?」
 一段低くなった浮竹の声に、一護の背筋に震えが走った。逆光で翳る浮竹の顔がよく見えない。
「女性死神協会に呼ばれてて、それでルキアも一緒にいましたっ、本当ですっ、‥‥‥本当なんだっ、浮竹隊長っ」
 あぁ、自分は何をそんなに必死になっているのだろう。
 頭の隅では冷静な自分がいて、本体の慌てぶりをどこか他人事のように見つめていた。浮竹の羽織に縋って、己の潔白を証明しようと躍起になっている一護を見て、変わったなぁ、と暢気な感想まで抱いている。
「最初から分かってるよ」
「怒って、ませんか‥‥?」
「あぁ」
 嘘。怒ってたじゃないか。
 この人は穏やかな気質ともう一つ苛烈な気質も兼ね添えている。普段怒らない分、逆鱗に触れたら洒落にならない。
 それを知っていて、ときどき本気で怒らせてみたいとも思う。どうしてだろう、笑っていてほしいのに。
「一護、おいで」
 ただじっと見上げていると、腕を引かれて隊舎の裏に連れていかれた。人気の無いところだと思っていた場所だが、先ほどの清音の証言がある。誰に見られているかとそわそわする一護は唐突に抱きしめられ、あっさりと唇を塞がれた。
 後頭部に回る掌が一護を逃がさない。今日はどこか乱暴な気がする。やっぱりさっきのこと、怒っていたんだ。
 一護は背中にしがみつくので精一杯だった。碌な運動をしていないというのに、浮竹の体はぶ厚くごつごつしていた。何度も抱きしめられたから分かる、腹筋なんてすごく固くて割れていて、そのくせ肌は白いのだ。この人の裸って、一体どうなっているんだろう。
「‥‥‥‥!! っん、もうっ、」
 信じられない。己の思考に羞恥し、一護は胸を押し返した。荒く呼吸をつきながら顔を背ける。顔がこれでもかと熱く火照っていた。
「どうした?」
「な、なんでもない、」
 濡れた唇を袖で拭い、一護は改めて浮竹を見上げた。夕焼けに照らされる白髪が、なんて綺麗。
「一護?」
「っあ、いえ、‥‥本当に、なんでも、」
 うるせえぞ、心臓。
 思わず八つ当たりしたくなるほどに心臓が激しく鼓動を打っている。どうしよう、恥ずかしい。でも言いたい。
 貴方の裸が見たいんです。いや馬鹿違う、そうじゃない。
「‥‥‥俺、俺を、」
 抱いてくださいって言うんだ。
「ところで一護、夏休みのことなんだがな」
「へ!?」
「すまん。今、何か言おうとしていたか?」
 一拍置いて一護は激しく首を横に振った。恋人の狼狽ぶりに浮竹は首を傾げていたが、不意に真面目な顔を取り戻し、えへんとわざとらしく咳をした。
 しかしそれからが長かった。中々言い出そうとしない浮竹を置いて、周囲は徐々に暗くなっていく。カラスもカアと鳴いて帰っていくのが、浮竹の背中越しに見えた。
「あの、言いにくかったらまた今度に、」
「いいやっ、今度じゃ駄目だっ、冬休みじゃ駄目なんだ!」
 今は夏だが。
 きょとんと見上げていると、肩と背中に突然痛みが走った、勢い余った浮竹が、一護の両肩を掴み壁へと押し付けていた。一護は瞬きをしきりに繰り返しながら頭上にある恋人の顔を見た。
「浮竹、隊長?」
 うわずった声で、彼は言った。
「‥‥‥‥夏休み、俺の屋敷に来ないか?」
 一護はしばらく声を失っていたが、肩に触れる浮竹の手がひどく汗ばんでいることに気がつくとほっと息を吐いた。よかった、自分だけじゃなかったんだ。
 じっと答えを待つ浮竹の顔に、一護は背伸びをして近づいた。緊張で乾いた唇に軽く己のそれを重ね合わす。可愛らしい音が鳴ったのが恥ずかしかった。
「着替え、持っていったほうがいいですか?」

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