繋がっているようで繋がっていない100のお題
023 少年のような男
「一護っ、京楽と乳くり合っていたって本当か!」
「ぎゃっ、なんでそれを」
「本当なのか!?」
書類を届けた帰り。
遠目に白髪の男性死神が見えたと思った瞬間その人物は消え、そして驚くべき速さで一護の目の前に再び姿を現した。
そして肩を掴まれ詰め寄られる。昨日も、そんなふうにして京楽に。
「‥‥‥‥いや、どうしてもって、言われて、」
「俺だってどうしても!」
「あんたいくつだ」
呆れた。
浮竹に心酔している清音が、仙太郎が、なんだか阿呆に思えてきた。
「あいつにだけ、まさか、あの髭面がいいのかっ」
「だからどうしてもと言われて、ちょっと、口をくっつけてやっただけで、」
「俺もしてほしい」
「やです」
ミシ、と肩が鳴った。
「わわ分かりましたから、ちょっと力を」
肩から手が離れ、かわりに抱きしめられた。
「ちょっとだけですよ、ほんとにちょっとだけ」
「あぁ」
身長差から浮竹が膝をつく。それを見下ろして一護は特大の溜息一つ。
「目、瞑ってください」
「嫌だ」
「オイ」
その白い頭、思わず叩きたくなった。
「京楽さんは瞑ってくれましたけど」
「だったら俺はそうしない」
本当に叩いてやった。
しかし浮竹は目を瞑るどころか腰へと回した腕にうんと力を込めてきた。抱きつかれているというよりかはこう、絞られている感じだった。
「痛い!」
そしてそのまま押し倒してくるものだから一護は本気になって暴れた。しかし浮竹は病弱というには不似合いな強靭な肉体でもって一護を離さない。
「苦し、もうちょっと、優しく、ぅえっ」
「もう少し悩ましげに言ってくれ」
「なんでだよ!? つーか離せ!」
誰かー誰かーと心の中で念じてみたが、誰も受信してはくれなかった。いつもはぴったりと張り付いている清音も仙太郎も姿を見せない。まさか気を利かせて出てこないのではあるまいな、と邪推した一護は今度ははっきりと声に出して言った。
「誰かっ、タスケテ!」
人に助けを求めたことが無い為かややぎこちない。そんな一護を見下ろして、浮竹はいつもとは違う企む笑みを浮かべていた。
「無駄だ。誰も来ない」
悪役みたいな台詞。こういう状況でなければアハハと笑っていたところだが、誰も来ないなんてマジでヤバい。
「なんかっ、なんかケツ触ってません!?」
「小振りで引き締まってる。想像した通りだ」
「勝手に想像すんなっ」
「寝てばかりだと暇でな。お前の体はどんなものかと想像して色々と‥‥‥‥お陰で退屈しない」
「スケベ!!」
「男は全員スケベだぞ? 藍染然り白哉然り。澄ました顔して構えているが、お前を想像して色々と‥‥‥‥たぶんやってるな」
「ま、まっさかー‥‥‥‥」
「男だからな。駄目だと思っても夢にお前が出てきて誘惑してくるんだ」
ありえん、と一護は思ったが詳しくは聞かないことにした。聞いたらたぶん、夢の内容を再現してやるとか言われる気がする。
「最初は罪悪感で苦しんだ」
「そのまま苦しんでてください」
「だが何回も夢に出演されるとな、これはもう開き直って楽しむしか無いと俺は思ったんだ。それに夢に見るのは相手が自分を想っているからだと聞いた。一護」
「期待の眼差しを裏切って申し訳ないんですが‥‥‥‥それは無えよ」
はっきりと真実を告げてやると、浮竹は分かっていたのか子供のようにふてくされた表情をした。そして小さく舌打ちして一護の上から体をどけた。
「夢のようにはいかないな」
いってたまるかという悪態は内心に押しとどめて一護は起き上がる。浮竹は残念でしょうがないという顔をしていたが、それを無視してもうその場を去ろうとした。
「待て。まだ口をくっつけてもらってないぞ」
「ケツ撫でたでしょうが」
「京楽なんていつもお前に触っている」
「あの人はなんかもうそういう生き物だと思ってるんで」
女に触っていないとたぶん息とか出来ないんだろうな、と一護は思っていた。
「ずるい」
「はいはい」
「いつもそうだ。あいつばかり、周りは仕方なく許してしまう」
その寂しそうな男の声が一護の足を止めさせた。仕方無さそうに一護は振り返ると、大きな背中をしゅんとさせている浮竹の隣へ腰を下ろした。
「”あいつが羨ましい。人の心をいとも簡単に掴んでしまう”」
「なんだ、それは」
「京楽さんが」
互いに無い物ねだりをして、本当に似たもの同士だと一護は言った。
「二人して憧れ合って。俺なんかよりももう、二人がくっついちまえばいいんじゃないっすか」
「気持ち悪いこと言うな!」
本気で鳥肌を立てている浮竹に一護は笑った。京楽にも言ってやったが、まったく同じ反応に笑わずにはいられなかった。
「でもどっちかが女だったら絶対くっついてたって藍染さんが言ってました」
「ぉおお‥‥‥‥っ」
想像したのか浮竹が震え上がっていた。その姿に今ならいいか、と一護は思い、素早い動作で浮竹のこめかみに唇を押し当てた。
「はい、ちょっと」
ほんの一瞬。
「‥‥‥‥今ので?」
「おしまい」
「短すぎる!」
浮竹の顔が赤いのは怒りかそれとも照れなのか。おそらく両方だ。
「京楽さんもそのくらいでした。でも文句は言わなかったのに、‥‥‥‥浮竹隊長はガキですね」
「‥‥‥‥っ、」
今度は怒りだ。白髪とは対照的なその赤に、一護はつい仏心を見せてしまう。
仕方なしにもう一度顔を近づけた。
「‥‥‥‥‥鼻」
唇かと期待した浮竹は不満そうな視線を投げてくる。しかし顔は更に赤みを増していた。
「一護」
伸びてくる手を一護は猫のようにするりと躱した。そして猫のように目を細めて笑うと、もう用は無いとばかりに今度こそ浮竹の元を去った。
つれない。しかも手玉に取られた。
残されたのは男が一人。
「‥‥‥‥いるのは分かってるぞ、二人とも」
ではなく。
「バレたっ」
縁側の下から這い出てきたのは馴染みの二人。
清音と仙太郎はぎくしゃくと体を動かし、いまだに顔が赤い上司に目を合わせようとはしなかった。
「いつからいた」
「”俺だってどうしても!”、からで、あります‥‥‥」
最初から。全部聞かれていた。
気まずい雰囲気にしばらく誰も喋ろうとしない。
「あの、浮竹隊長」
「‥‥‥‥なんだ」
恥ずかしさで目も合わせられない。三人が三人、まったく別の方向に視線を向けていた。
「朽木さんの話では黒崎君は右胸の下辺りが弱いのだそうです。いやんとか言っちゃうそうです」
「優しく攻めるのであります」
「‥‥‥‥‥参考にしておく」
では、と去っていった部下二人を見送り。
今度こそ一人きりになった浮竹は顔を覆って盛大に恥ずかしがった。