繋がっているようで繋がっていない100のお題
025 蝶達が白い糸に絡まる
「‥‥‥‥あの、」
一護は気まずそうに視線をうろうろと動かした。
「‥‥‥‥ごめん」
虚化してひよ里の首を絞めたこと、一護は密かに気にしていた。そうして意を決して謝ればひよ里の眉がぴくりと跳ね上がった。端で卑猥な雑誌を見ていたリサが顔を上げそんな二人に視線をやった。
「えと、猿柿?」
一言も喋らないひよ里の顔を一護は覗き込んだ、そのとき。
「っギャ!」
「なんや、小っさい乳やのう」
「んなっ、なぁ!?」
胸を鷲掴みにされた一護は言葉にならない様子でぱくぱくと口を開閉した。
ひよ里はそんな一護を見て「っけ!」と笑った。
「えぇわ、許したる」
「あ、ぁあ?」
「ブラジャー着けとんのが気に食わんけどな」
着けるほどのもんでもないやろ、と言われた一護だが驚きがまだ抜けないらしい。真っ赤な顔をして胸を押さえるだけだった。
「それと一護」
「‥‥‥‥なに」
「うちの名前はひよ里や」
「はぁ‥‥‥、」
「そう呼び」
尊大に顎をしゃくって自分を指差すひよ里に、一護はぎくしゃくと首を縦に振った。
「買い出しや。着いてき」
「っわ、引っ張るなよ!」
一護とひよ里は連れ立って廃墟を出て行った。それを見下ろしリサはくすりと笑う。そして雑誌に視線を戻そうとしたとき、変なものを見つけてしまった。
「何やってんだ、アイツ」
「‥‥‥‥仲間に入れて欲しかったんやろ」
いつの間にか背後にいた拳西が指差す先には。
「不気味だな」
柱に身を寄せ一護とひよ里の去ったほうをじっと見つめる平子がいた。その表情は仲間はずれにされた子供のそれだ。
「難儀なこっちゃ」
揉めれば煩いひよ里と平子。にぎやかになりそうだとことのときは他人事のように思っていた。
「なんや自分、炒飯もろくに作れへんのかい」
「こんだけできりゃ上等だろ」
「どこがやっ、見い、米に卵が絡んどらん!」
「プロじゃあるまいしできねえよ!」
ぎゃいぎゃいと言い合う二人を他の仲間は呆れたように眺めていた。一護とひよ里、いつも他愛のない喧嘩をしていた。
そこに平子が加わった。
「そう言うたるやな。一護、充分美味いで」
「オムレツは得意なんだよっ」
「ほんまか〜? あのふわっふわのやつできんのか〜?」
「‥‥‥‥‥無視かいな、お二人さん」
平子は眼中に無いようで二人の話題はオムレツへと移行していた。平子はどうにかして会話に入ろうとするのだが、その度に黙ってろと睨まれる始末。
「おっかしーのー」
白が三人を眺めながらスプーンをぶらぶらと揺らした。
「ひよりん、ベリたんばっかりに構ってる」
「前は真子君にべったりだったのにねえ」
「見ろ、真子の奴。必死過ぎて痛々しいくらいだ」
一護とひよ里の回りをうろうろして構って欲しいと平子は全面的にアピールしているのだが二人はまったく気付いていない。挙げ句の果てには一護に背後から抱きついて殴られていた。
「ベリたんのこと、好きなのかなあ」
「ありゃ惚れてるな」
「違うよ。ひよりん」
一護にまとわりつく平子をげしげしと蹴っているのはひよ里だった。
「アホ! ハゲ!」
「一護ー!!」
「ぅわっ、抱きつくなよ!」
「三角関係? うわ〜」
「いいのか、ほっといて」
「ほっときほっとき。3Pでもすりゃええねん」
リサの問題発言は聞かなかったことにして再び一護達へと視線をやった。そこには一護を挟んで言い合うひよ里と平子がいた。
「真子っ、離れろや!」
「お前こそ離れえ! 一護の後ろをひょこひょこ着いてきよって、このひよ子!」
「ひよ里やっ、このハゲチャピン!」
「なぁ、もうやるなら二人だけでやってろよ‥‥‥‥」
うんざりした一護だが離れようとすれば両腕をひよ里と平子に囚われて、また言い合いが始まった。
「ベリたん可哀想」
そう言う割りには助けてはやらない。結局全員楽しんでいた。
「一護にとってひよ里は妹みたいなもんやな。この間、一護がそう言うとったわ」
「真子は?」
「鬱陶しいって言うとった」
「ダメだな、真子」
端から見れば一護という母親を取り合う子供二人にしか見えなかった。一護も諦めたのか、されるがままになっている。
「ひよ里は真子を取られたくなくて一護にくっついてんのかね?」
「違うと思うよ。ひよりんはそういう回りくどいことはしないって」
「ちゅうかそういうこと思いつくようなオツムしとらんやろ」
「ひよ里と同じくらい貧相な乳しとるくせに、なんでノーブラやないねん!?」
「ぎゃわー!」
「っも、揉んだな!? 一護の胸っ、揉みよったな!?」
一護とひよ里二人から拳を頂いて吹っ飛ぶ平子を眺めながらも食事は続く。
「よく懐いてんねえ」
ひよ里が一護の手を取り部屋から出て行ってしまった。よく喧嘩するということはそれだけ一緒にいるということだ。
「ひよりんにとってはベリたんが妹なんだね」
「‥‥‥‥なんやそれ」
「真子、生きとったか」
ふらふらと身を起こしてやってきた平子は鼻血を拭きながらもドアへと未練がましい視線を向けた。それを見て、全員苦笑する。
「あぁ!? 俺の飯どこいってん!」
「ブラックホールに吸い込まれてったわ」
「お前らの腹ん中やろっ」
「もう二度と戻ってこないからブラックホールだよ」
一護が作った炒飯。平子にとってはそれが大事で、恨みのこもった視線を仲間へと注いだ。
「アホなことしとるからや」
「そうそう」
「アホやないっ、一護の乳揉めたことはアホでも何でもない!」
そう啖呵を切る平子を皆が皆呆れたように見た。この男は一護を知ってからどうもおかしい。普段からおかしいが、変な方向におかしい。
「一護は一人しかおらんねやで。二人で取り合うて二つに引き裂くつもりかあんたら」
「そんなんせんわ。一護は俺のもんや」
「本気なの?」
一護は死神。尸魂界側だ。
仲間にならなければ、自分達の敵。
「ひよ里に情が移っとる。取り込むのは簡単やで」
「ひどい男」
「言うとれ」
二人に殴られた頬を撫で平子はソファにふんぞり返った。腹はまだ八分にも満たない。
「ひよ里に情が移っとるんやったらあんたには靡かんやろ」
リサの冷たい一言に平子がにやりと笑った。
「あれは優しい女やで。こっちが弱い姿見せたら手を差し伸べずにはいられんのや」
「女の敵やな。くたばれ」
リサが雑誌を閉じて平子を睨んだ。白も同じく、女二人は平子を睨み霊圧を上げた。そんな視線と霊圧を受けても平子はなおせせら笑う。
「なんや、お前らも情が移ったクチか? そりゃ結構なことやで」
「真子!」
「やかましいのう。人の恋路にゴチャゴチャ言うなや」
平子は立ち上がり部屋から出て行こうとした。ひよ里と一護を追いかけるつもりかもしれない。それを止めたのは今なお不機嫌そうなリサと白だった。
「ひよりんも優しいよ」
「知っとる」
「やったら利用しようなんて思わんことや。痛い目に合うだけやからな」
平子は黙って眉を寄せた。何か言いたげだが、結局は何も言わなかった。
「仲間二人失うくらいやったらあんた一人追い出したる。よう覚えとき」
白もうんうんと頷いていた。女二人は平子をぎらりと睨み、部屋を出て行った。
残されたのは男連中。しばらく沈黙が続いた。
「‥‥‥‥なんやねん、あれ」
「よく女だけで話してるだろ、それじゃねえ?」
「それてなんや」
「女の友情? 男には理解できない、あれだよ」
あれだのそれだの言って男達は再び黙った。リサと白の怒りがまだ部屋に残っているようで、滅多なことは言えなかった。
「真子クン」
「ぁン?」
「ほどほどに」
一人年の功の鉢玄だけは、落ち着いた様子で茶を啜っていた。