繋がっているようで繋がっていない100のお題
029 知らなかったなんて今さら言うのか
「これっ、やる!」
どっさりと渡されたのはぬいぐるみ。兎だとか猫だとか、どこかで見たようなものばかり。
「今、人気があるって聞いたんだけどな」
一護は思い出した。たしかこれは義魂丸や義骸を購入したらついてくるというおまけのぬいぐるみだ。喜ぶのはルキアみたいな女子かぬいぐるみが好きな極少数派の男子のみという、あれだ。
「こんなに‥‥一体どれだけ買い物したんだよ」
全種類揃っている。おまけは選べないから集めるのに苦労しただろう。しかし何故にぬいぐるみ。
一護が非常に微妙な心境に陥っていると恋次が途端にそわそわし始めた。
「いや、譲ってもらったりしてな‥‥もしかして、嬉しくなかったか?」
正直に言うと‥‥‥‥嬉しくない。
一護はぬいぐるみには興味は無いし、そもそもこんなファンシーグッズが自分に似合うと思っているのかこの男は。
「‥‥‥‥‥嬉しい、けど」
「そ、そーかそーかっ、そりゃ良かった!」
一護の表情は嬉しくないと言っていたが単純な恋次はその言葉を鵜呑みにした。そういう馬鹿なところ、いや素直なところが可愛いと一護は思う。
「恋次」
だから少しからかってやろうと一護は身を乗り出した。
「っお、おぉ!?」
この慌てっぷり。面白くなった一護は更に体を近づけた。人気の無い隊舎の一角、縁側に座る二人の周りには可愛らしいぬいぐるみが散乱していた。
「ありがとな」
「お、おぅ、」
「お返し、何してほしい?」
「っえ!」
一護は吹き出しそうになるのを寸でで耐えた。けれども一瞬で真っ赤になった恋次を見て唇の端がぴくぴくと引き攣った。
そして駄目押しとばかりに一護はそっと恋次の膝に手を置いてやった。
「ぅおお!!」
過剰な反応に一護はついに吹き出した。しかし恋次はそれに対して怒るどころではないのか、耳まで赤くして一護から距離を取ろうとしていた。
「お前ってばもう、面白過ぎるっ」
「笑うんじゃねえよ!」
「ルキアがお前のこと、可愛いって言ってたの、分かるっ、」
「可愛くねえ!」
真っ赤な顔で言い返す様が可愛らしい。感情が顔に出やすいところが一護の気に入るところだった。人のことは言えないけれど。
「‥‥テメー、襲うぞ」
いつまで経っても笑いの収まらない一護に放たれた脅しの言葉。
「いいけど?」
「っバ、バカ! 冗談に決まってんだろ、」
結果は恋次の自爆に終わった。一護のほうが一枚も二枚も上手だった。実際には一護も駆け引きには長けてはいないが、如何せん恋次のレベルが低過ぎた。
「じゃあ俺もう行くから」
「え‥‥‥‥あぁ、そうか、時間か‥‥」
その沈んだ声に、何を考えているのかが一護には手に取るように分かってしまった。けれどそれにはわざと気付かないフリをして床に散らばったぬいぐるみを掻き集めた。チャッピーを手にとり、これはルキアにやろうと考えていたとき。
「‥‥‥‥‥お返し、くれねえのかよ」
「なんか言ったか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
本当に分かりやすい奴だ。
一護は恋次という人間の将来が段々と心配になってきた。ルキアの話では子供の頃から既にこんな感じだったらしい。仲間内では兄貴分を自負していたのだが、周りにしてみれば心配せずにはいられなかったというなんとも情けない兄貴分。顔には出やすいは思考回路は単純であるは、心配の種は尽きなかったのだとルキアはしみじみ語っていた。
妹分では無くルキアが姉貴分だったとはこの男は一生気付かないのだろう。一護は背中に感じる視線を無視して最後のぬいぐるみを腕の中へと納めた。
「これ、ありがとな。んじゃ帰るわ」
「‥‥‥‥‥一護っ」
今からとっっっても大事なことを言うぞよく聞けよ。
という目をしていた。言われなくても一護にはその表情だけで分かっていたので恋次の言葉を黙って聞いた。
「あの、な、そのぬいぐるみなんだけどな、」
「うん」
「‥‥‥‥なんでお前にやったか、分かってない、よな?」
「‥‥‥‥うん」
残念ながらちゃんと分かっている。
けれど一護は敢えて反対の言葉を口にした。
「ルキアがよ、女はぬいぐるみとか、そういう可愛いものが好きだっつーからよ、」
「へえ‥‥‥‥」
好きなのはルキア、お前だろ、という言葉は呑み込んだ。
恋次は一体自分のどこを見てぬいぐるみが好きだという考えに至ったのだろうか。たぶん何も考えなかったのだろう。一護は本格的に恋次の今後を心配した。
「だからなっ、お前にやったら喜ぶんじゃねーのかとっ」
必死だな。
一護は冷静に恋次を観察した。必死過ぎる。見ているこちらが恥ずかしくなるほどに。
「つまり、俺はお前が‥‥‥‥」
「俺が?」
焦れったい。恋次は決定的な言葉を口にしない。
「お前が、だな‥‥お前、が‥‥‥‥」
「帰っていいか」
「待て! 今言うから!!」
大事な場面なのに格好良く決められないところがらしいといえばそうだが、ルキアが言っていた通り恋次は本当に女に対しての免疫が無いようだ。副隊長、独身、高給取り。これだけ揃っていれば恋次は当然モテる。おおざっぱな性格だが面倒見の良いところ、加えて時折見せる間抜けな一面が女性には大変ウケるのだと聞いた。
それなのに一度も、ただの一度も女と良い仲にはなっていないというのだ、信じられない。
「なあ、お前って女と付き合ったことが無いってほんとなのか?」
「はぁ!? っな、ぬ、いや、それはない、ナイナイナイ‥‥!」
本当に無いんだ。
ルキアが意地悪い笑みで奴は童貞だぞと言っていたのを一護は思い出す。ルキア、お前も処女のくせに。自分もだけど。
やがて恋次は観念したように事実を認めて俯いた。その表情は口に苦いものでも含んだかのように歪んでいた。
「‥‥なんか、女と付き合うとかって考えられねえんだよ、」
「ふーん」
ここで一護は違和感を感じた。違和感も何も、疑問に近い。
「ルキアは妹だろ、乱菊さんは姉御っていうか、雛森とか女の部下も妹分っつうかよ、女って護るもんであって、その、檜佐木先輩が言ってるみたいなコトとか、な、できねえってっ‥‥‥‥‥あぁもう恥ずかしい俺何言ってんだ!」
恥ずかしいのはこっちだ。
一護は不思議でならない。恋次とずっと一緒にいて更には朽木家というお固い家に養子に入ったルキアでさえ下品なネタを平気な顔で話題に乗せてくるというのに、この男は一体何がどうしてこんなに純粋に育ったのだろうか。
「‥‥‥‥‥お前大丈夫か? 女見てハアハアしねえのかよ」
「しねーよ! なんだハアハアって!!」
「じゃあ俺は?」
「‥‥‥‥‥‥」
なんで黙る。
硬直した恋次を一護は半ば睨みつけるように見上げた。「俺はお前が‥‥」の続きをまだ聞いていない。
「分かった。あれだろ、男友達とか弟分とか。な、そうだろ?」
「‥‥‥‥‥‥違う」
「じゃあ何なんだよ」
ここで言えなかったら今日はもう聞かないことにする。ついでにぬいぐるみもいらない。
恋次の目に覚悟の色が宿るのにはそう時間はかからなかった。
「一護」
一拍置いて、大きな手が一護の二の腕辺りに両側から重なった。そのまま立たされると真剣な表情の恋次が真っすぐに見つめてくる。
そのとき後ろの茂みでカサリと音が鳴った。もしやルキアが覗き見、そう考えた一護が振り返ろうとした瞬間だった。
「‥‥‥‥‥‥こういう、ことだ」
唇を襲った柔らかい感触、遅れて鳥肌が立った。嫌悪ではなく猛烈な恥ずかしさによって一護はぞわぞわとした寒気を感じたが頬は熱くなっていくばかりだった。
どうしよう、泣きそうだ。
「顔、真っ赤だぞ」
「‥‥‥お前もな」
恋次の気持ちは知っていた。
なぜならこれで。
「二回目」
「へ」
「俺が寝てたと思ったのか、馬鹿め」
「‥‥‥‥‥‥っな、お前、まさか」
「馬鹿恋次。寝込み襲って好きとか言うな」
泣きそうな顔を誤摩化したくて、真っ赤に染まった恋次目がけてぬいぐるみを投げつけた。