繋がっているようで繋がっていない100のお題
030 愚かな蛾
ときどき、一護はひどく泣く。
「どうした、セイリか?」
「‥‥‥っ、‥‥、生理の意味も知らねえくせに、適当なこと、言うなっ、」
どうやら違うらしい。膝に顔を埋めてぐすぐすと鼻をすすり、顔を上げた一護の顔はひどいものだった。
それでもキスしたい衝動に駆られ、むちゅーっと重ねてやれば途端に一護が暴れ出す。振り回した手がグリムジョーの頬に当たり、痛いと声を上げたのは一護のほうだった。
「っう、うぅう‥‥っ、ばっかやろう!」
「泣くなよ。お前が悪いんだろうが」
部屋の隅に蹲る一護は増々泣いて手がつけられない。じょうちょふあんてい、なのだとザエルアポロが言っていた。
とにかく精神が安定しないのだと言う。グリムジョーが部屋を出る前は普通だったが、帰ってきたらこの有様だ。抱きしめようと手を伸ばせば、それは強い力で弾かれた。
それにむっとして思わず頬を叩いてやれば、一護の体は簡単に吹っ飛んだ。しまったと思ったがもう遅い、一護の体は遠くまで飛ばされて、そしてふるふると震えていた。
「‥‥‥ワリぃ」
死神の力を封じられている今の一護は人間のように脆い。今ので死んでいてもおかしくはなかったが、一応は手加減はしたので大丈夫だろう。殴った手を気まずげに下ろし、グリムジョーは伏せて動かない一護に近寄った。
「一護、大丈夫か?」
優しく抱き起こしてやれば、一護はもう泣いてはいなかった。
「帰せよ」
ただそれだけを言って、グリムジョーの胸に頬を寄せた。おそらく今ので正気に戻ったのだろう。
腫れてきた頬を撫でながら、一護を虚圏に連れてきた日のことを思い出す。血まみれにしてベッドに押さえつけ、何度辱めてやっても一護は泣かなかった。そして抱かれる喜びを知ったときに、一護は初めて泣いた。
あのときは大変だったとグリムジョーは一人思い出に浸る。なにせ死のうとまでする一護を思いとどまらせるのには、並々ならぬ努力と時間を要したのだ。
人間って面倒くさい。それでも一護だから、我慢した。
「もう、帰れねえよ。帰さねえ」
「うん‥‥」
力の抜けきった一護の声はすべてを諦めたように弱々しい。けれどこれに油断していれば、次の日に脱走、なんてことは幾度もあったことだ。
逃げられないようにきつく抱きしめて、乱れたオレンジ色の髪を撫でてやった。虚圏に来た頃よりも幾分伸びた髪にグリムジョーは満足するが、一護はきっとまた元の長さに切ってしまうだろう。
しかしそれでよかった。すべてに従順になったとき、それは一護が死んだということだ。そんなものには一片の興味の無いグリムジョーは、絶望したように見せかけて逃亡のときを虎視眈々と狙っている今の一護のほうが好きだった。
「みず、」
泣いて喉が渇いたのか、一護の枯れた声が腕の中から聞こえてくる。そして甘えるようにグリムジョーに擦り寄ってきて、泣き腫らした目が見上げてきた。
「飲みたい、取ってきて」
グリムジョーの目尻に触れると、一護はどことなく切な気な表情を浮かべた。泣き笑いのようなその表情がグリムジョーのお気に入りだと知って知らずか、一護はその顔を近づけて、そっと唇を重ねた。
「一護、」
唇を貪り合いながらもグリムジョーは一護を抱き上げ、ベッドに下ろしてやった。二人が寝そべってもなお余ある広いその中心に一護を横たえる。そして上に覆い被さり、しばらくは身を寄せ合って服の上から体を可愛がってやった。
「‥‥‥取ってきてやる、大人しくしてろよ」
「ん」
一護は息を弾ませながら、潤んだ瞳で頷いた。戻ってきたら自然と抱き合うのだろうと考えて、それは一護も思ったのか、頬を赤く染め恥ずかしそうに身を捩っていた。
今ではすっかり自分好みの体に仕上がった一護の体を舐めるように見下ろして、それから名残惜しいが水を取りに部屋を出た。
そして戻ったときにはベッドの上はもぬけの殻だった。
「アイツ‥‥っ」
散々気を持たせておいての脱走に、怒りで水差しを持つ手に力が入る。しかしすぐさま笑みが浮かび、力を抜いた。
どうせ逃げられやしないのに。それでも逃げずにはいられない一護が、馬鹿で可愛くて、そして憐れだった。
捕まえてこの部屋に戻ってきたら飲ませてやろうと、グリムジョーは水差しをテーブルに置いた。今頃必死に逃げる一護に同情して、あと五分、ここで待ってやることに。
「だから、逃げろよ、一護」
少しでも遠くに。