繋がっているようで繋がっていない100のお題

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  035 そっと愛を強請った  


 当初の印象とだいぶかけ離れていると一護は最近になって思う
「明日、尸魂界が滅亡するとします。一護サンはそのとき」
「現世のチョコが食いてえな」
「いや、食べたいものじゃなくて」
「チョコだな」
「だから」
「チョコ」
「‥‥‥‥分かってて言ってるでしょ」
 分かっている。
 どうせ誰と一緒にいたいですかと聞きたいのだろう。一護は部屋に置かれていた本を適当にとってページを捲った。
「じゃあ、じゃあ、アタシが現世のチョコを持ってたとします。そしたら一護サン、」
「そのチョコを奪って俺は一人で死んでいく」
「アタシも側に置いてくださいよ! やっぱり分かってて言ってるでしょ!」
 そして始まる泣き真似。
 いい歳した大人がよくやる、と一護はさして面白くもない本にだけ視線を向けていた。
「なんかチョコチョコ言ってたら食いたくなってきたな。おい浦原」
「‥‥‥‥買ってくればいいんでしょ」
「頼んでもないのに悪いな」
 ときどき自分は性格が悪いと一護は思う。しかしそれは浦原に対してだけだ。どうしてかこの男を目の前にすると苛めてやりたくなるというか踏みつけたくなってしまう。
 それを喜んでいるフシがある浦原だからこそ、一護は容赦しない。手頃な距離にあった座布団を引き寄せると横になって本格的に読書に没頭し始めた。面白くないと思ったが、これが中々引き込まれる。
「一護サン」
「ん?」
 まだいたのか、と思った自分は本当に酷い奴だ。そう思いながらも本のページが翳ったので、一護がちらりと視線をやれば、目の前には浦原の顔。
「なんだよ」
「この距離で聞きますか」
 一センチ。
 ぼやける近さだ。一護は後ろに引くと見せかけて、前へと進んだ。つまりは一護のほうから口付ける。
「‥‥‥‥嬉しい」
 これだけで、と一護は思う。自分から重ねたくらいで本気で喜ぶ男が不思議でたまらない。
 しばらく触れるような感じで重ねていれば、唇と同じくらい優しく浦原が尻を触ってきた。まあいいかと許した自分は寛大になったな、と一護が己の成長を感じていれば、その手は後ろで結ばれた帯へとかかる。
「おいコラ」
「直に触りたいなー、なんて」
「調子に乗んな」
 べち、と横面を張ってやって一護は足で浦原を押しのけた。この男は少しでも甘い顔を見せるとこれだ。
 出会ったときの浦原の印象と言えば、謎の多い、掴みどころの無い、人と真面目に向き合うことなどしなさそうな男だと一護は思ったものだ。
「そんなにツンツンしないで」
「お前はデレデレしすぎだ」
 しかしこの男、相当な甘えただった。
「とっととチョコでも買いに行け!」
「買ってきたら好きなことさせてくれますか」
「夜一さんの監督のもと、何でもさせてやる」
「二人っきりで!!」
「うるさいマジうるさい。あやとりでもカルタでも、人生ゲームでも何でもやってやるよ」
「‥‥‥‥言いましたね? 人生ゲーム、子供でも作りまくろうじゃないですか」
「現世じゃなくて開拓地に行け」
 顔面に本を投げつけてやったら浦原は避けもしないでまともにくらった。そしてそのまま顔を押さえて無言で俯くものだから、一護はうんざりとしたように眉を寄せた。
 またいつものアレが始まった。
「ひどい、本を、投げるなんて」
「お前なら避けられただろ」
「痛い、鼻を打ちました」
「避けないからだろ」
「一護サンといるときはアタシ、ただのなよっちい男なんです」
「正確にはなよっちい変態男だろ」
「‥‥‥‥泣きます、泣きますよ。夢に見るくらい女々しく泣いてやりますからね」
 でかい体を小さく縮めて両手で顔を覆う男。その泣き様はとてもじゃないが護廷の隊長とは思えない。
 こうなったら自分が引くしかないと、今までの経験から一護には分かっていた。男物の着物を纏っていたため、大きく足を開くと浦原を引き寄せる。そして胸へと頬を誘って足の間へと入れてやると、ぎゅっと母親のように抱きしめてやった。
「泣くなよ」
「だって、」
「尻でも何でも触らせてやるから」
「胸も?」
「あぁ」
 すぐさま浦原は頬を擦り寄せてきた。まな板とはよく言ったもんだと思う一護の胸でも、浦原は幸せそうな表情で顔を埋めている。
「ねえ、この後」
「うん」
「嬉しい。アタシ張り切っちゃいます」
「お手柔らかに頼む」
 しかし今しばらくはこのままだ。甘えるときはとことん甘える浦原は、一護がこうして抱きしめて髪を撫でていると最低一刻は動かない。
「いい匂いがします」
「夜一さんにもらった石鹸」
「いいえ、一護サンの匂いですよ」
 鼻を寄せて匂いを嗅いでくる、その動作がくすぐったくて一護は身を捩った。そうすれば浦原が腰に腕を回して一層胸へと顔を擦り寄せてきた。
「暖かい。離さないで」
「甘えん坊」
「いいんです。だってアタシ、両親にだって甘えたことないんですから。だから一護サンにうんと甘えてやるんです、甘やかしてください」
「‥‥‥‥お前、」
「はい?」
「‥‥‥‥いや、」
 一護は愕然とした。
 今、今、自分は、キュンとした。
「一護サン、もっと頭撫でて」
 無言で浦原の髪を撫でてやった。ぱさついていると勝手に思っていた頃があったが、浦原の色素の薄い髪は意外と柔らかい。猫姿の夜一みたいな柔らかさだと、以前言ってやったら微妙な顔をされた。
「一護サンの心臓の音が聞こえます」
「どんな感じだ」
「トクトク聞こえます。とても安心する」
 耳を寄せてよく聞こうとしている浦原を見下ろして、やはり一護は、
 ‥‥‥‥キュン。
「あれ、心拍数が上がりましたよ」
「気のせいだ」
 きっと気のせいだ。
「ドキドキいってますよ」
「ギトギトよりかはマシだろ」
 きょとんと見上げてくる浦原から一護は目を逸らした。
 自分はどうにかしてしまったらしい。浦原にときめくだとかありえないだろと頭の中で考えて、それを打ち消すように浦原の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。落ち着け俺の脳。
「一護サン?」
「なんでもない、なんでも」
 これは犬か猫だと考えろ。
 甘えたの生き物。自分に擦り寄っているのは動物だ。
 そして乱れた毛並みを直してやる自分。一護はそう言い聞かせて浦原の髪を丁寧に撫でつけてやった
「一護サンは面白い」
「はぁ?」
「赤くなったり青くなったり。ときどき桃色になってくれますけれど」
 それはあれだ。何を指しているのか分かって一護は髪を引っ張った。
「痛。照れなくても」
「うるさい。お前はそうやっていつも俺をからかう」
「だって可愛いんですもの」
「どこがっ。”可愛くねー!”ってこの間言われた」
「誰ですかそれは。どうせ、可愛いからそう言ったんだ」
 違う、と一護が言い返せば違わないと否定された。それから分かっていないとも言われた。
「一護サンは可愛い。初めて口付けたときも初めて抱いたときも、貴方はいつだって可愛いくて、アタシはこんなにも可愛い人があの世にいるものかと心底驚きました」
「俺もこんなにおかしな奴があの世にいるのかとこの世の奴らに教えてやりたいくらいびっくりした」
「ありがとうございます」
 この調子。
 折れることを知らない男だと一護は思う。
「ねえ、一護サン」
 見下ろせば、浦原の顔は見えない。深く一護の胸へと顔を沈め、くぐもる声を発していた。
「アタシはね、最低な男なんですよ」
「知ってる」
 浦原は笑った。肩が揺れたからそう思ったが、実際は違うのかもしれない。
 強く抱きしめてきた浦原の手。どうした、と髪をうんと優しく撫でてやった。
「アタシは、」
「うん?」
 甘えたの大人は震える声で告白した。
「‥‥‥‥アタシは、貴方が死んで喜んでる。貴方を殺した何かに対して感謝してるんです。こちらに来てくれて、そのきっかけをつくってくれてありがとうと、アタシは」
 大きく息を呑んだ。それから吐いたのか、止めたのか、分からない。
「貴方が流魂街でどれだけ苦労してきただとか、そういうのもね、全部含めて。貴方を傷つけ痛めつけたものすべてに感謝してる。だってそれらすべてが今の一護サンをつくる要素になったんだと思ったら、アタシは、この最低なアタシはよくやったと、思ってしまっているんですよ」
 胸に響く声。
 唇を押し付けているせいだけではないと一護は分かっていた。心まで響いてきそうで、しかし離そうとは思わない。
「ねえ、一護サン」
「‥‥‥‥‥うん」
「この世にはね、決して許しちゃいけないものがあるんですよ。悪とか正義とかそういうものじゃない。心が、魂が、決して許すなと訴えるものがこの世には存在するんです」
「うん」
「そういうものに直面したら、決して許しちゃいけませんよ。時期、状況、友、家族、それらすべてが歯止めになっても、決して許しちゃいけないんです」
「浦原」
「アタシはね、一護サン。決して許しちゃいけないもの、それはこのアタシ自身なんです」
 それから、力つきたように浦原は黙り込んだ。
 浦原が触れる自分の体、それが一護には熱くてならない。
 色素の薄い、浦原の髪へと唇を寄せた。口付けのように柔く押したり頭皮を噛む。愛撫のようなそれに、浦原が子供のように首を振った。
「一護サン、」
「なあ、浦原」
 優しく言えているだろうか。
 自分はこの男に随分と無礼を働いてきたが、本心では優しくしたいと言えば信じてくれるだろうか。
「この世にはな、何があっても、どんなに酷い目に合わされても許しちまう、馬鹿な人間がいるんだ」
 浦原の体がびくりと跳ねる。それからぎゅっと縋り付いてきた。
「だから、感謝しろ」
「‥‥‥‥、はい、」
 そのまま二人は縺れるように床へと倒れ込んだ。
 甘えた時間の最短記録更新だ。ほんの数分、それから一気になだれ込むのはこの日が一番速かった。
 荒々しく唇を押し付けて覆いかぶさってくる浦原を、一護は大人しく受けとめた。
「甘えていいんだ。何したって、許してやるから」
「はい」
「何してほしい?」
「とりあえず着物を脱いで」
「うん」
「それから、アタシの名前を呼んで」
「喜助」
「愛して」
 泣きそうな顔だ。
「愛してる」
 泣きそうだ。
「アタシも、愛してます」
 愛ってこんなに泣きそうな言葉だったか。
「‥‥‥‥愛してるんだ、一護、」
 涙混じりに愛していると言い募り、ついにその目から零したのは浦原のほう。雫を受けとめ、一護もまた、泣きたくなった。
「許すから、泣くなよ」
「愛してるんです、そんな自分が、許せない、」
「俺が許しといてやるから、泣くな。ほら、好きなこと、するんだろ」
「はい、」
 素肌を撫でる手に、いつもは我慢する声を、抵抗する手足を、甘えるように変えてみた。
 自分はこんなにも許していると、そう伝えたかった。
 許されたいのなら許す。愛されたいのなら愛す。
「だから泣くなよ」
 甘えたいのなら甘やかしてやる。
 だから早く、泣き止んでくれ。

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