繋がっているようで繋がっていない100のお題
053 触れるような小さなキスを
女の子という生き物が好きだ。
「七緒ちゅわ〜ん」
両手をワキワキさせながら近づくと、冷たい一瞥を頂いた。それでも京楽の目尻は下がる。女の子の怒った表情は可愛らしいものだ。
「提出した書類は終わったんですか」
そんなもの受け取ってから指一本触れていない。
京楽はへらへら笑って誤摩化すと、いつものごとく七緒を口説こうとした。
「伊勢副官、お探しになっていた書類がありました」
京楽の笑みが微妙に引き攣る。後ろからやってきたのは、最近席官入りした隊員だった。
「ありがとう、黒崎君」
黒崎一護。
明るいオレンジ色の髪。茶色の目。ハスキーボイス。
背が高い。目つきが悪い。見た目がまるで男の子。
つまりは、可愛くない。
「‥‥‥‥‥なにか、俺の顔についてますか」
「いや、ううん、別に」
女の子にはとにかく優しい男だが、京楽はこの一護に対してだけは同じ態度が取れないでいた。
だって女の子というものは柔らかいものだ、思わず抱きしめたくなるものだ。それなのに一護はなんだか、固い、鋭い、強そう、というイメージしか浮かんでこない。
見た目で判断するわけではないが、どうしても食指が動かない。たしかに女の子には違いない筈なのだが、この凛々しい容姿がいけないのだろうか。男を相手にするように、京楽の態度はそっけなくなってしまう。
それに一護のほうも、自分に対してどうも態度が冷たい気がする。相性の悪い人間なんてそれこそ大勢いるが(すべて男)、性別女子では初めてだった。
「それでは失礼します」
「えぇ、ありがとう」
七緒は気に入っているのか、笑顔で手を振っている。自分にはこんな笑み、中々見せてはくれないくせに。
「‥‥‥‥貴方が好きなんです!」
白昼堂々の愛の告白に、京楽は思わず固まった。
相手は真っ赤な顔をして、なおも言う。
「実はずっと以前から、えぇと、席官になる前から、お慕いしておりました、」
「そ、そうなの、」
「はい!」
京楽はぎこちなく笑う。女性からの告白は幾度もされてきたが、これほど微妙な気持ちになるのは初めてだ。これはきっと、相手がこの子だからに違いない。
「‥‥‥それで、一護ちゃんはどうしたいの?」
冗談だよね、とは言えなかった。それはいくらなんでも失礼だろう。
しかし信じられない。一護の想い人が、自分。普段のそっけない態度は愛情の裏返しだったらしい。
「は? どうしたい、とは?」
「だから、僕と付き合いたいんだよね」
そう言った途端に一護は耳まで赤くして、そんな恐れ多い、と首を振った。
「っす、すいません、言い方が悪かったですね。正確には、えぇっと、‥‥‥貴方のことが好きでした」
過去形。
そんな告白のされ方は初めてだ。一護は本当に申し訳ないといった感じで俯いた。
「ご存知かもしれませんが、もうすぐ異動になるんです」
「‥‥‥え、そうなの?」
知らなかった。隊員すべての人事を把握しているわけではなかったので、寝耳に水だ。
「その前に自分の心に踏ん切りを付けておきたかったんです。こちらの都合でご迷惑をおかけてしまって、‥‥ごめんなさい、京楽隊長」
「‥‥‥いや。大丈夫、ちっとも迷惑じゃないさ」
本心からそう言えば、一護はほっとした表情を見せた。普段見る、険しい表情とはまったく違う。
思わず凝視していると、一護は少し照れたように視線を下げた。
「本当に、言って良かった‥‥」
そのときの一護といったら、まるで別人だった。
柔らかくて、思わず抱きしめたくなるような、可愛い女の子。
思わず手が伸びる。肩に触れて、それが思った以上に細くて驚いた。当たり前だが女の子の肩だった。どうして今まで気付かなかったのか、首も細いし筋肉は薄い。きっと抱きしめたら柔らかいに違いない。
「僕のどこを好きになったの?」
甘い声が出てしまう。それも口説くときに出る、特有のそれだ。
しかし一護の表情は引き攣り、空気もなぜか気まずいものとなった。
「‥‥‥いえ、その、それは、‥‥‥別にいいじゃないですか、もう終わったことですし‥‥」
既に自分は過去の男になっているのか。
ちょっとどころかかなりムッとして、京楽はなにげに距離を開けようとする一護を引き寄せた。
「ねえ、聞きたいな」
さっと肩を抱いて耳に低く囁いた。一護の体がびくりと震える。その小動物みたいな反応が可愛らしいと思えた。
しばらく黙っていた一護だったが、小さな声で、絞り出した。
「‥‥‥‥っち、父に、似ているところが‥‥‥っ」
「へ」
一護は両手で顔を覆うと座り込んでしまった。小刻みに震えている。泣いているのだろうか。
京楽もなぜか泣きたい気分だった。
父親に、え、待って、え、えー!?
「それって違くない!? 僕が好きなんじゃなくてお父さんが好きなんじゃないか!!」
「だから言いたくなかったんです‥‥」
「うわーっ、屈辱! 屈辱だよこれは!!」
その魅惑のバリトンボイスが素敵だとか、流し目に痺れちゃうだとか、戦闘時と普段とのギャップがたまらないだとか、それこそ自分の魅力を上げればキリが無い。
お父さんと似ている? そんな魅力、あるかー!!
「そうじゃないでしょっ、お父さん抜きにして、他にあるでしょうが!」
「無いです」
「‥‥‥っな!! っが、う、っぐぅ‥‥っ」
ぐうの音は出たが何も言い返せない。そんな、だって、あり得ない。
わなわなと震えるその姿を同僚達が見たら、きっと指を差して笑うに違いない。京楽がそんな醜態を晒していると、一護がとどめを刺してくれた。
「あぁ、そういう情けないところ‥‥‥そっくりだなぁ」
「一護ちゅわ〜ん!」
「っうげ」
十三番隊。
一護の異動先の隊で、なんとも脳天気というか幸せそうというか、浮竹が言うにはバカっぽい声が響き渡った。
「また来た! なんなんだもう、邪魔だから帰れ!」
「いいねいいね。猫被ってたときよりも、今の容赦ない感じのほうが僕は好きだよ」
でれ〜っと鼻の下を伸ばして接近すれば、嫌そうな顔をされた。ちょっと前までは好きな人、だったのだが。この温度差も素敵だ。
「ご飯食べにいこうよ。奢るからさ。ね?」
「近いし、触れるな、」
両手を握って間近に覗き込む。慣れていない一護は顔を真っ赤にさせた。
「あ、それとも僕の家に来る? 一護ちゃんの手料理、食べてみたいなあ。というか君が食べたい。味付け無しで!」
「うわぁ‥‥」
げんなりとした顔をされた。表情がころころと変わる。可愛いな。
「可愛い、一護ちゃん」
今度は困った顔をされた。やっぱり可愛い。
男の子みたいだと思っていた自分が信じられない。恋は盲目と言うが、むしろ恋した途端に邪魔なフィルターが取り除かれたようだ。
目の前で狼狽える女の子が可愛くって仕方ない。
「ねえ、」
今度はこちらから。
一護にとってはもう終わった恋の話らしいがなんのその。父親とは違う男の魅力を教えてやろうじゃないか。
男らしい大きな手を頬へと伸ばし、一護の顔を包み込む。父親にはあり得ない情欲の籠った瞳を向けて、額にそっと口付けた。
「好きだよ」
僕の可愛い子。