繋がっているようで繋がっていない100のお題

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  059 蒼い空を裂く飛行機雲  


「一護、もうすぐ生まれるよ」
「はい」
 破面の生まれる瞬間に立ち会いたいと言ったのは一護だが、正直今は後悔していた。外とは一線を画して一際暗い空間に気分までもが暗くなる。言うんじゃなかったと今になっては遅いことだが。
「ほら」
 始まったらしい。霊圧が一気に膨れ上がって、そして弾けるようにして消えた。だがそのすぐ後、暴れ出しそうなほどの霊圧が一カ所に集まってくる。
 これはよほどのじゃじゃ馬だ。どんな面をしているのかと一護は少し、興味が沸いた。
「‥‥‥‥‥‥わぁ」
 思わず漏れた感嘆の声。
 綺麗な蒼だった。
 空みたいな。
「グリムジョー・ジャガージャック」
 強そうな名前。
 きっと強い。周囲を押しつぶそうとする霊圧がその証拠だった。
 しかし裸は良く無い。一護は上に纏った装束を脱ぐとグリムジョーへと歩み寄った。グリムジョーは自分に近づいてくる正体不明の相手へと殺気の籠った鋭い目を向けてきたが、一護はその蒼にだけ視線を注いでいた。
 そしてふわりと装束を掛けてやる。間近で見ることのできた蒼に一護は満足そうに笑った。
「綺麗だ」
 子供相手にするようによしよしと頭を撫でて。
 そのとき呆気にとられたようなグリムジョーの顔に、一護は増々笑った。












 偶然が重なっただけのこと。
 すべてはそれだけだったと知っていた。
「どこ行ってたんだよ」
 自室のソファで本を片手にうとうとと船を漕いでいたらノックも無しに男が部屋へと入ってきた。はっとして、その拍子に本が落ちた。
「なに?」
「どこ行ってたんだって聞いてんだっ」
 まだはっきりとしない意識の途中で大きな声を出されたら誰だって不快になる。一護が眉を顰めてそんな表情をつくればグリムジョーは態度を改めたように俯き、次は静かな声で再度同じことを聞いてきた。一護は欠伸混じりに答えてやった。
「藍染様の部屋」
「‥‥‥‥なにしてた?」
「やらしいこと」
「‥‥‥‥‥‥」
 グリムジョーの表情が何か酷いことを言われた子供のように歪んだ。一護はそれをただじっと見る。
 傷ついたようにしてその場に立ちすくむ図体の立派な男、そんな姿を見せるのは一護の前だけだと本人はよく知っていた。
「グリムジョー?」
 その顔をじっくり拝んでやろうと一護は立ち上がり傍へと寄ろうとした。そのとき藍染に借りた本を踏みつけてしまったが、特に気にはしなかった。
「嫌だっ、来るんじゃねえよっ、」
 一護が近づけばその分グリムジョーは後ろへと下がる。しかしその先は閉まった扉が立ちはだかっていた。そこへと追いつめて、一護は下から覗き込んだ。
「お前、泣きそう」
「見るなっ、」
「可愛い」
 ちゅ、と顎にキスすればグリムジョーの目に恐怖のような色が浮かぶ。けれど一護がその一度きりで、二度目は無いとばかりに顔を離せば途端に物欲しそうな色を宿した。
「どっちだよ」
「あ、」
「してほしい? それとも藍染様とさっきまでくっつけ合ってた唇には触れて欲しくねえか?」
 そう言ってやれば一護の予想通り、グリムジョーは傷ついた目をした。しかしその目が一護の唇をじっと見つめていた。一護がわざと舌で舐める仕草をすれば、グリムジョーの喉がごくりと嚥下した。
 そのタイミングを見計らい、一護はぱっとグリムジョーから身を離す。
「苛め過ぎた。悪いな、もう行っていいぜ」
 とん、と胸を押して突き放す。そのときのグリムジョーの顔といったら。
 一護はすばやく身を翻したが、笑った顔をもしかしたら見られたかもしれない。グリムジョーへと背を向けて一護は歪む唇を更に上げた。そして落ちた本へと足を進めるが、背後にある気配は一向に消えなかった。
「グリムジョー。俺は行けと言ったんだ」
 わざと冷たい声で言ってやる。そうすれば、案の定。
「っ一護、」
 縋るような声、霊圧。
 自分だけに。
 けれど一度では振り返ってはやらない。
「一護、一護‥‥‥っ」
 泣いてるかな。
 そんなことを思う一護は背を向けたまま、更に焦らす。
「一護っ、‥‥‥一護、‥‥‥っ、」
 ふ、と息を吐き出すと一護はソファへと座り、ようやくグリムジョーへと視線を向けた。
「男の子がそんな情けねえ顔しちゃって。恥ずかしい奴」
 くすくす笑ってからかってやったがグリムジョーは怒らない。顔をわずかに朱に染めて、一護を不安な表情で見つめてくる。
「こっちに来るか?」
 ソファへと横になり、誘うように指を動かした。そうすればグリムジョーは恐る恐るといったふうに傍へと寄ってきた。
「一護、」
 グリムジョーの指が一護の唇を徐になぞる。それをぱくりと口に含んでやれば、グリムジョーははっと目を見開くものの逃げようとはしなかった。一護が舌で舐めてやれば最初は動かなかった指も次第に口内を探ってきた。
「‥‥‥ん、もういい」
 苦しくなって一護は指を解放した。グリムジョーのほうは失望したような目をしていたがそれは無視だ。落ちたままになっていた本を拾おうとすれば、その手はぎゅっと握り込まれた。
「一護、頼む、」
「なにを?」
「っあ、だから、」
 もじもじと、という表現ほどこの男に似合わないものは無い。しかし一番近しい表現で言うならばもじもじとして、グリムジョーは必死に一護へと何かを訴えかけてくる。
 普段のあの凶暴な姿とは別人だ。誰か来い、そして見てみろ。一護は心の中でそう思う。
「一護、頼むからっ、」
 きっとこれが限界だろう。純情な男をこれ以上からかっても自分がガキなだけだ。一護は毛足の長い絨毯へとグリムジョーの体を押し倒し、そして自分はその上に跨がった。そして無抵抗な男の装束を剥ぎ取った。
「可哀想」
「っく、なに、が、」
 グリムジョーのしなやかな体に唇を寄せて、一護は愛撫を施していく。グリムジョーもまた一護の肩から装束を落とし、その素肌に指を這わせた。
「最初に見たのが、俺だったばっかりに、こんなことされてよ、」
「一護? なに言って、」
 息を乱す男の上、一護は涼しい顔で言った。
「これはただの刷込みだ。愛情なんかじゃあ、ない」
 グリムジョーの蒼い髪。
「ただの」
 現世の空のように美しくて。
「偶然だ。馬鹿な奴」
 自分もまた、囚われていた。

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