繋がっているようで繋がっていない100のお題
062 追いつくものなどいない
一護と恋次と修兵と。
「ぅおっ、右から二番目の女、すっげえイケてるっ」
「ほんとだ、胸でけー」
「重そうだな」
三人並んで歩いていれば、修兵曰く、イケてる女が横切った。それぞれが感想を述べる中、一護の台詞に男二人はにやりと笑った。
「お前、小さいもんな」
「ぺっちゃんこ」
「るせえっ、大きかったら戦いにくいだろ!」
「乱菊さんはそうでもなさそうだぜ?」
「肩凝るって言ってたけどな。お前は無さそうだよな、そういうの」
そう言って修兵がぽんぽんと叩いたのは一護の平らな胸元だった。一見膨らみは無いが、一護に言わせてみれば少し、ほんの少しの膨らみが存在する。
それを肩を叩くみたいに触れられて、一護はひっと息を呑んだ。
「さらし巻いてねーの? ま、必要無えか」
「巻かねえほうがいいぞ、育たねえからな」
「牛乳飲め、でかくなるかもよ」
「豆乳がいいって聞いたな、奢ってやろうか?」
男二人が好き勝手に言う間、一護は一言も喋らなかった。
「一護?」
「怒ったのか?」
「阿散井、お前言い過ぎ」
「先輩だって」
責任を押し付け合っていると一護の伝令神機が鳴った。それをとり、一護は冷静に応答する。
「ーーーはい、すぐに向かいます」
またな、とも言わずに一護は走り去っていった。
恋次と修兵と。
「左から四番目の女、結構いいなー」
「っスねー、顔小さくてスタイルいいですし」
二人並んで眺める方向には女性死神達がたむろしていた。楽しそうに会話をして、ときおり何が面白いのかきゃあと歓声を上げて笑い出す。
「最近、暖けえよなー、もう春なんだよなー」
「っスねー、もう春ですよ」
「虫とか増えてウゼーっつぅの。でも叩き殺すとよー、東仙隊長がすっげ悲しそうな顔するし」
「朽木隊長なんて目の前でぶんぶん虫が飛んでようとまったくの無視っすよ」
「今の駄洒落かよ」
「違います」
廊下の欄干に腰掛けて二人は取留めの無い話を続けていた。どこか気の抜けたような会話の中、春の暖かい風が吹き抜けていく。
「きゃあきゃあ騒いで、一体何話してんだろーなー」
「さあ」
「コイバナかぁ? まったく春だねー」
「この季節、くっつく奴らが増えますからねー」
視線の先にいる女性死神達の一人が修兵達に気がついた。修兵が愛想よく手を振ってやるときゃっと声を上げ、その場が一気に盛り上がる。数多の視線が修兵と恋次に注がれるが、二人はどこか上の空。
「可愛いねー、頬染めちまってよー、襲っちまうぞコラ」
「そんなこと言って。今付き合ってる人はどうしたんですか」
「別れた」
「‥‥‥‥春なのに」
「‥‥‥‥春なのにな」
二人同時にはぁと溜息をついた。騒ぐ女性死神達の視線から逃れるようにその場から離れると、長い廊下を歩き出す。そんな恋次と修兵の間には不自然な距離が出来ていた。
丁度一人分の距離。
「なあ、阿散井」
「なんスか」
「一護に、会ったか?」
「‥‥‥‥‥‥いいえ」
一護を挟んで三人で歩いていた日が遠いように感じられる。先ほどの女性死神達のようにきゃあきゃあとは言わないが、わいわい騒いでじゃれあって、そんな毎日が楽しくて、だから離れるなんて思いもしなかった。
「俺さ、あいつのこと男だと思ってたんだよ。女扱いしてなかった」
「そりゃ俺もですよ。平気で頭叩いたり、剣稽古じゃ手加減無しにぶっ飛ばしたり」
それに対して一護が不平不満を言ったことは一度も無い。女扱いしろともだ。
だからかもしれない、男三人が集まった感覚で、際どい話も平気でしていた。
「俺、あいつの胸触っちまっただろ。今思うと一護の奴、かなり引いてたよな‥‥」
「確かに‥‥でも俺も止めなかった。無神経なこと言いまくって‥‥」
さすがの一護も我慢できなくなったのか、あの日から顔を会わせることが極端に減った。会わせたとしてもこちらが会話を切り出す前に去ってしまう。
怒っている。確実に。
二人はまた、溜息をついた。
「あ!」
そのとき二人の耳に風に乗って懐かしい声が届いた。距離はあったが目立つオレンジ色は簡単に見つけ出せた。
廊下のずっと先、突き当たりに一護がいた。
「‥‥‥‥誰だよアイツ」
一護ともう一人、見慣れない男性死神。
年格好は一護よりもずっと上で、けれども円熟した男らしさを感じる。一護に何かと話しかけては笑みを向けていた。一護も随分心を許しているようで、修兵達に見せていたような柔らかい表情を浮かべては楽しそうに喋っていた。
それを見ていた二人の眉間に無意識に皺が寄る。口元もひん曲がり、拳も握っていた。
「なぁ、阿散井よぉ」
「はい、先輩」
「俺、今すっげえ走り出したい気分だわ」
「奇遇ですね。俺もです」
「競争な」
「負けませんよ」
そして二人同時に飛び出した。瞬歩を使って、二人はあっという間に駆け抜ける。
廊下の突き当たり、同着だった。
「っうわ、恋次、修兵さん!?」
視線が合うのも久しぶりなら名前を呼ばれるのも久しぶりだった。じーんとしたものを感じながらも一護の手をそれぞれ取ると、二人はまた走り出す。
間に一護がいる。それだけで、ほっとした。
「ごめんな!」
「ごめんっ、一護!」
一護を引っ張り回すこと数十秒、人気の無い隊舎の裏までやってくると二人は同時に謝った。
一護はというと、聞いているのかいないのか、どこかぐったりとして地面に座り込んでいた。
「目が、」
回ったらしい。ふらふらする一護の髪はぐちゃぐちゃに乱れ、死覇装も崩れていた。
「っわ、悪い、」
「大丈夫か、気持ち悪くねえかっ、」
「大丈夫、だけど、なんだよ二人とも、お前らが気持ち悪い」
その心配の仕方がいつもと違う。
「‥‥‥‥いや、だってよ、」
「‥‥‥‥うん、お前、一応女の子だろ、」
「はぁ?」
ぽかんと口を開けた一護に二人は気まずい視線を投げ掛ける。一護は自分たちとは違うのだ、同じように扱ってはいけないのだと。
「無神経なこと言って悪かった」
「俺も。ごめんな」
恋次と修兵も座り込み、一護に目線を合わせるとひたすら頭を下げて謝った。
「‥‥‥‥‥もしかして、この間のことか?」
「っそ、そうだよ、なんだよお前、忘れてたのか!?」
こちらはずっと気にしていたというのに、一護は今の今まで忘れていたらしい。
半月近く話していなかったことなど気にしないというように、一護は笑って説明した。
「言われたときは腹ぐらい立ったけどな。でも後になって考えてみりゃ、いちいち怒ることもねえかなって」
「だったら無視とかすんなよ!」
「あれはルキアがもう少し怒ったフリしとけって言ったんだよ。すぐに許したら駄目だって」
ということは一護はもう怒っていないということだ。それが分かると恋次と修兵の体から力が一気に抜けていった。
「こっちはすっげえ悩んでたってのに‥‥」
「もっと早く話しかけようかとも思ったんだけどな、春だから何かと忙しくて忘れてた」
新人の教育やら春の隊員移動やら何やら、副隊長の二人も確かに忙しかったが、それでも一護のことが気になって仕事の間も頭を悩ませていたのだ。どうやって仲直りしようかなんて、難しい書類とにらめっこしながら考えていたというのにこいつは。
「お前なぁっ」
「うっせえよ。言っとくけどな、あのときは本当に怒ってたんだからな。ぺっちゃんこだとか牛乳飲めだとか言われてマジぶっ殺そーかと思ってたんだぞ」
「それは悪かったと思ってるっ‥‥‥‥‥でもなぁっ、いくら俺らのこと忘れてたからって他の奴と仲良くすんなよっ」
「そーだそーだっ、さっきのアイツなんなんだよ!!」
同僚。
そう答えた一護だったが、恋次と修兵は面白くない。疾しいことが無いと分かっていてもだ。腹の奥がもやもやというかぐらぐらというか、とにかく気に入らない。
「仲直りしたからな!」
「もう仲良くすんなよな!」
唾を飛ばす勢いで言い聞かせる。一護が頷いてようやく二人は満足した。
しかしほっとしたのもつかの間。
「女の魅力は胸じゃねえって海燕さんが言ってくれたんだ」
その嬉しそうな声に男二人は、ヘー良かったな、とは言えなかった。
ひくっと頬が引き攣った。
「女は心意気だぜ、だって。さすが海燕さんだよな」
一護の頬がほんのり赤い。ルキアと二人で『海燕さん(殿)をお慕いする会』とやらを結成しているらしいが、目の前でこうも褒め称えられると、腹の、奥が、ぐつぐつして。
「‥‥‥‥なぁ、阿散井よぉ」
「はい」
「俺、今すっげえイライラしてんだわ」
「そうですか。俺はムカムカしてます」
なあ一護、志波さんの話ばっかりすんなよな!