繋がっているようで繋がっていない100のお題

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  063 絡めた指から感じる他人の脈  


 九番隊の敷地の外れ、人気の無い庭に幼馴染の二人はいた。
 ふかしたさつまいもを子供のように頬張る一護を横目に見て、修兵は肌寒い空気に身を震わせた。
「美味そうに食うよなあ」
 もぐもぐと口を動かしながら、一護は目だけで笑って頷いた。その幼い様子に修兵は頬を緩ませて、一護の口元に突いた食べカスを拭ってやった。
 昔を思い出す。どんなに寒いときでも裸足で路地の端に身を寄せ合って、二人は常に一緒にいた。眠るときは体をくっつけあって、互いに体温を分け合って眠った仲だった。それは死神になっても変わらなかった。
 二人は家族だった。血は繋がっていないことなど誰の目にも明らかだったが、修兵にとって一護は紛れもない家族だった。修兵はずっと、そんな一護を護っていくのだと思っていた。いや、今でも思っている。
「お前、ちゃんと料理してんのか?」
 そう問いかけると、一護はさっと視線を逸らし。苦い表情でなにやら言い訳がましいことを言い始めた。
「やってる‥‥‥‥‥魚、焼いたりとか、」
「ふーん。他には?」
「味噌汁、とか、」
「ちゃんとダシ入れているか?」
「っだ、だし!?」
 なんだそれはと言わんばかりの一護の顔に、修兵は呆れ以上に笑いがこみ上げた。頬を赤くして俯いている一護の頭を撫でながら、堪えきれない笑い声を漏らした。
「よしよし。知らなかったんだよなあ、だったらしょうがねえって」
 ダシの入っていない味噌汁なんて食えたものじゃない。それを知らずに育ってきたのには修兵に責任がある。二人がまだ一緒に暮らしていた頃、主に料理は修兵が担当していたからだ。斬魄刀の扱いは巧いくせに、包丁はからきし使えなかった一護に、嫁になんて一生行けないだろうと修兵は思っていたものだ。
 ふと目に入った一護の指先に修兵は視線を留めた。慣れない料理で傷つけたものに違いない。絆創膏の貼られた一護の指に触れ、そっと握った。
「修兵」
「ん」
 肩を抱き寄せて、二人は密着した。こうすれば一護は安心しきった顔をする。幼い頃からずっとずっとそうだった。出会った頃に比べると成長した体も、細くて頼りないのは変わらない。相変わらず修兵の庇護欲を誘う。
 風が吹き、一護の髪を弄んでいく。乱れたオレンジ色に修兵は鼻先を埋め、一護、と切な気に呟いた。
「修兵?」
「このまま、もう少し」
 一護の指に指を絡め、握り込んだ。髪からうなじに唇を滑らせて、溜息をついた。
 可愛い、と唇だけを動かして、一護の体をいっそう強く抱きしめた。
「なあ、‥‥‥お前、幸せか?」
 一護がいなくなった部屋は暗く寒い。おかえり、と修兵を迎えてくれる声も無い。
 独り寝には、一生慣れそうにもなかった。
「幸せ、だけど。‥‥‥でも、修兵は、そうじゃないみたいだ」
 一護には見えないように、修兵は顔を歪めた。
「俺がいなくて寂しい?」
 ああ、寂しい。ずっと二人でやってきたんだ。あんな男にくれてやることなんてなかった筈だ。
 言いたい言葉の代わりに歯ぎしりが零れ、修兵は獣のように唸った。
「‥‥そっか」
 その獣を宥めるように、一護が優しく髪を撫でてくる。視線が合って、たまらず修兵は一護の額へと唇を押し付けた。一護はそれを自然と受けとめる。
 無防備な姿に修兵は焦れた。誰かのものになった今でさえ、こうして自分にだけは心を許してしまえる一護に、いっそもう触れてくれるなと突き放されたほうがましだと思う。
 手を伸ばせばこうして簡単に触れ合えるのに、一護は自分のものではない。いっそ奪って逃げようか、不穏な考えが浮かんだとき、切羽詰まった声が聞こえた。

「一護!」

 離れた場所に、肩で息をする男がいた。
 いくら二人の間に疾しいことは無いと言っても、一護の旦那である男からしてみればたまったものではないだろう。それを分かっていて、修兵は一護を離さなかった。
「修兵、修兵」
 男同士の確執を知らないで、一護は無邪気に修兵の死覇装を引っ張った。毒気を抜かれ、修兵は優しい表情で視線を向ける。一護は修兵の耳に唇を寄せ、そっと聞いた。
「だしって、何だ?」
「‥‥‥‥お前‥‥」
 毒気どころか体から力が抜けて、修兵は眉を下げた。そしてもう一度、額に唇を押し当てた。
 遠くのほうで、ぐうと唸る男の声が聞こえたが、修兵は素知らぬ顔で口付けた。兄妹同士の触れ合いみたいなものだと一護は言うが、修兵にとってはそうではない。本当は情に塗れた行為なのだと、修兵も相手の男も知っていた。
 いい加減、我慢の出来なくなった男がこちらにやってくるのを見て、修兵はようやく一護を離してやった。手を取って立たせてやり、恋人同士のように顔を近づける。
「幸せなら、それでいい」
「修兵は?」
「俺も、幸せだ」
 苦みばしった笑いになったが、修兵ははっきりとそう言った。一護が幸せなら自分も幸せだなんて、そう簡単に割り切れるものではないけれど。
「もう、行け。怖い顔して待ってるぞ」
「だしは?」
「あの人に聞けよ。夫婦だろ」
 背中を押して送り出してやれば、一護はすぐに男の胸へと吸い込まれていった。目の前で一護を抱擁する男の当て付けに、お互い様だと思うものの険しい顔は隠せない。
「修兵、また、明日!」
 男の腕から顔を出し、一護はぶんぶんと手を振った。それに軽く手を振り返してやって、去っていく二人の背中を修兵はしばらく目で追った。
 手は出せない。たとえどんなに想っていても、一護の幸せだけは壊すことなど出来なかった。
 それでも二人の繋がれた手に目が行って、引き裂いてやりたいと切に思う。
 切に、想う。

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