繋がっているようで繋がっていない100のお題

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  076 馬鹿だと嗤ってくれ  


「痛い痛い! もう少し優しくしてくれないか、子鹿ちゃん」
 一護の手荒い介抱にドルドーニは苦痛で呻いた。一護は慣れていないらしく包帯やら何やらを持て余したようにしていたが、暗に下手くそと言われたと思ったのか膨れっ面になった。
「だったら自分ですればいいだろ」
 ぺしっと包帯を投げつけて一護は部屋を出て行こうとしたが、背後でわざとらしく痛い痛い死にそうだなんて声が聞こえてくる。ついでにゲホゲホとか、それは病人だろと一護は心の中で突っ込んだ。
「子鹿ちゃん、頼むっ、行かないでくれ! 一人残される重傷の我輩が哀れじゃないのかね」
 言動がいちいち芝居がかっている。
 きっと背後ではにやにや笑っているに違いない。自分が戻ってきてくれると確信しているのだ、それが腹立たしい。あぁいいとも戻ってやろう。ちくしょうと叫びたいのを我慢して、むかむかとしながらも一護は足を止めた。
「っあぁ、もう!」
 身を反転すると一護はソファにもたれて案の定嬉しそうな顔をしているドルドーニの膝の上に乗った。
「変なことしたら絶交だからな」
「しないと誓おう」
 一護は渋々ながらもその言葉を聞き入れた。そして怪我をしたドルドーニの頬に、ぺろりと舌を触れさせた。
「相変わらず、変わった特技だ」
「っるせえ、黙ってろ」
 一護の唾液には治癒効果があった。みるみるうちにドルドーニの傷口が塞がっていく。浅い切り傷であれば一舐めで治った。
 ほんのり頬を赤く染めながらも一護は傷口へと舌を這わせ治していった。時折ドルドーニの手がいやらしく腰辺りを撫でてきたがそれくらいは許してやる。
「では、こちらも」
 そう言いながらもドルドーニが装束の前を開けて胸板を晒した。一護はめったに見ない男の上半身に驚き、仰け反ったせいで床へと転がり落ちそうになった。
「もじゃもじゃっ」
 胸毛を蓄えた逞しい胸板を目の前に一護の顔は紅潮した。何も見るのは初めてではないが、それは暗い部屋だったり色々あって意識朦朧だったりなんだったり‥‥‥‥つまりは素面の今、恥ずかしいことこの上ない。
「さあ」
「っう! いや、‥‥‥‥はいどーぞ」
 一護はぺろっと舐めた己の人差し指を胸の傷にちょんとつけてやった。
「それはないだろう子鹿ちゃん!」
「ぃい嫌だっ、断る!」
 両手を突っぱねて一護は拒絶した。
「傷はまだまだあるのだよ、こことか、こことか、おやまあこんなところにも! 胸くらいで驚いていてどうするっ」
「そんなとこ舐めたくねえよ!」
「舐めてくれないのなら無駄に怪我をした我輩が馬鹿みたいじゃないかね!!」
 言った瞬間ドルドーニはしまったという顔をした。しかしすぐさま取り繕ったような真剣な表情にすり替わったが、一護はもちろんばっちり見たしばっちり聞いた。
「何やってんだオッサン‥‥‥」
「だって子鹿ちゃんがいけないんだ」
 急に情けない表情になると、ドルドーニは一護の両手をとってつらつらと不満ごとを吐き出した。
「破廉恥な髪をした坊やの軽い怪我を舐めて治してやってたそうじゃないか」
 誰のことだろう、もしてかしてグリムジョーだろうか。
「我輩はこれほどまでの重傷を負わなければ子鹿ちゃんは舐めて癒してくれない。とても、不公平だ」
 大きな体をしゅんとさせてドルドーニは俯いた。これも演技だろうか、しかしそうだとしても今の一護にとってはもう怒りの対象ではない。
「子鹿ちゃんは‥‥‥‥一護は我輩のものなのに」
 その台詞を呟くドルドーニの情けないことと言ったら無い。しかし一護は不覚にもきゅんとしてしまった。
 この男の弱々しい姿が実は大好きなのだと、以前から思っていたことを今認めざるを得ない。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 可愛い、なんて可愛いオッサンだろう。
 いつもは格好付けて変なポーズばかりしているが、しかし今の姿とのギャップは何だろう。自分の中の母性本能を大いにくすぐられた一護ははしゃぎたいような変な気持ちになって、それをドルドーニの顔中にキスを贈ることで表現した。
「子鹿、ちゃん?」
 一護の態度の変わり様にドルドーニは着いていけないらしい。しばらくされるがままになっていた。
 ようやく満足した一護が顔を離し、そして言った。
「恥ずかしいんだ」
「‥‥‥‥なにがだね」
「あんたといると恥ずかしくてしょうがねえんだよ」
「何ィ!? 我輩の何が恥ずかしいのかね!?」
「や、そうじゃなくて、」
 ときどき並んで歩いているときに奇声を発して変な行動に出られるともの凄く恥ずかしいが、一護が言いたいのはそうではなく。
「他の奴なら簡単にできるけど、あんたの体を舐めるのは、その、なんか、恥ずかしくって」
 恥じらうように視線を逸らし、一護はもごもごと言葉を濁す。
「あぁもう恥ずかしいなっ、こんなこと言わさせんじゃねーよ!!」
「ぐほっ!」
 恥じらいは拳となってドルドーニの治ったばかりの頬を襲った。しかし一護のパンチなど蚊が止まったようなものだ。すばやく起き上がったドルドーニはその逞しい胸に一護の頬を押し付けた。
 しばらく二人は無言でいた。一護は口に入りそうになるもじゃもじゃから顔を背け、身を捩るとドルドーニの体にぴたりと寄り添った。
「初めて子鹿ちゃんと会ったとき、こうして抱き合えるとは思いもしなかった」
 他の破面に追いかけられていたところを助けてくれたのがドルドーニだった。あの大げさな登場の仕方、一護は今思い出しても笑ってしまう。
「中々懐いてくれなくて、だが子鹿ちゃんが初めて笑ってくれたとき、我輩は」
 続きを耳元で小さく告白されて一護は嬉しさに笑った。初めて笑みを浮かべたときのように。
 しばらく幸せな余韻に浸っていた一護だが、何やら後ろでごそごそと動く手に気がついた。
「さて、そろそろ」
 丈の長い一護の上着の隙間から、ドルドーニの手が入ってきて。
「互いの愛を確かめよう、っがハ!?」
「あんたってなんでそうなんだっ」
 一護の頭突きが飛ぶ。
 けれどもその日のうちに、ドルドーニの怪我は完治した。

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