繋がっているようで繋がっていない100のお題

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  79 激情に脳を侵されて  


「俺は全然気にしてないぞ」
 もの凄く気にしている、という顔でそう言うと浮竹は酒を一気に飲んだ。
「そうだね。気にしなさんな」
 京楽が適当に相づちを打って酒を勧めれば、なみなみと注がれたそれを浮竹はぐいと煽った。今日はいつもより酔いの回りが早いらしく、浮竹の顔は既に真っ赤だった。
「今さらっ、誕生日なんてっ、」
「そーそー。そういうのではしゃぐのは十歳までだって。僕らいくつになる?」
 正確な歳は実は知らない。家の者がどこかに記載しているだろう。
 ただ自分が生まれた日くらいは知っていた。
「だがなぁっ、祝ってほしかったんだ!」
 やっぱり気にしてるじゃないか。
 出かかった台詞を呑み込んで、京楽は曖昧に笑い返した。
「仕方ないよ。一護ちゃん、そういうの疎そうだし」
「分かってる。あいつは、自分の誕生日すら忘れる奴だ」
 付き合い始めてから誕生日を聞けばそれは既に過ぎていた。どうして言わない、そう問いつめれば忘れてたと返されたのだという。
 浮竹は一応自分の誕生日をそれとなく教えておいたのだが、数日前あえなく忘れられてしまった。
「だからっ、気にしてないぞ俺は!」
 同じ台詞の繰り返し。
 この遣り取り何回やったか、京楽はもう呆れて相づちすら打たなかった。
「‥‥‥‥ぅう、一護‥‥‥‥‥」
 親友の情けない姿に京楽の中で同情心が沸き起こる。
 どれ、少しは手助けしてやるかと、眠りに落ちた浮竹を置いて京楽は部屋を後にした。











 翌日の二日酔いは凄まじいものだった。目が覚めた瞬間、頭を押しつぶされるような感覚にこれは酷いと浮竹は思わず薬箱に手を伸ばす。しかしそこにあるのは肺の病に効果的なものばかり。
 うんうん唸っていると障子の外に誰かの気配を感じた。
「丁度良かった、海燕、二日酔いの、薬、を‥‥‥‥」
 この時間に来るのは海燕だ。そう思ったが違った。障子が開いてするりと部屋に入ってきたのは、二日酔いの原因だった。
「一護」
「大丈夫?」
 その手には白湯と薬と思しき包みの乗った盆があった。
 頭の痛みも忘れて浮竹が起き上がると途端に目眩が襲ってくる。倒れる寸前で一護に支えられ、そしてそっと唇を塞がれた。
「っいち、」
「薬」
 すぐに離されると一護はてきぱきと包み紙を開き薬を差し出してきた。事態の呑み込めない浮竹は素直にそれを受け取ろうと手を伸ばしたがすかっと空を切った。
「あぁ、違った。こうだ」
 一護はぶつぶつと呟いて薬を己の舌へと乗せた。そして温い白湯を口に含み、
「ん」
 なんと口移し。
 これは夢かもしれない。浮竹は真剣にそう思った。
 しかし夢でもいい。舌に張り付いた薬を浮竹のそれへと押し付けるように一護が積極的に絡めてくる。これが夢だとしても大歓迎だ。
「‥‥‥‥はぁ。ちゃんと飲んだ?」
 一護の顎を白湯が滴っていた。浮竹にとっては卑猥な光景に、吸い寄せられるように顔を近づければ。
「零れてる」
 一護の舌が浮竹の顎をぺろりと舐めた。至近距離で目が合って、顎のついでに唇も舐められた。
「一護、ここにも、」
 そこは胸板。少々はだけたそこには白湯が零れて伝っていた。
 一護の表情が一瞬冷たくなった気がしたが、期待通りに動いてくれた。ちらちらと見える一護の舌にそそられて、髪を撫でながらも自然な感じで下半身へと誘おうとすれば、しかし予想外にも抵抗された。
「待て待て待て!」
 ぐぐぐぐっと顔を上へと押し上げようとする一護に対し、浮竹も負けじと対抗した。執務中になると一護はとびきり距離を置いて他人のふりをするのだ。しかし今は不思議とそうではない。ならば少しぐらいイチャつきたいと思って何が悪いと言うのだ。
「あんたっ、それが一つ歳をとった大人のすることか!?」
「することだ!」
 きっぱり肯定されて一護が呆気にとられたような顔をした。
「一言”おめでとう”と言ってくれたらそれで良かったんだ!」
「っお、ぉお、おめでとう、」
「遅い!」
 押すのをやめて一護を引っ張るとその唇にがぶりと噛み付いた。可愛さ余って憎さ百倍。しばらく乱暴に口付けていると一護の腕が首へと回り縋り付いてきた。
「ごめん、」
 口付けの合間に一言謝って、あとは大人しく受け入れてくれた。





 けれども最後まで思い通りにいったかと言えばそうではなく。
「嫌だっ、そこまでは聞いてないっ、」
 死覇装を脱がそうとすれば一護はばたばたと暴れてそんなことを口にした。
「どういうことだ?」
「いや、えーっと、」
「‥‥‥‥京楽だな。何で釣られた?」
 びくりとした一護の唇が無音で動いた。「チョコ」と。
「お前という奴は!!」
 愛が足りない。
 ここはもうお仕置きだと暴れる一護を羽交い締めにしたが、ふと思いとどまるとあっけなく解放してやった。
「行っていいぞ」
「え‥‥‥‥いいの?」
「あぁ」
 助かったーとあからさまに息を吐いて部屋を出ていく一護の背中に浮竹はぼそっと呟いた。
「来年のお前の誕生日‥‥‥‥‥‥‥覚えておけ」
 その声が届いたのか一護の肩が飛び跳ねる。あまりの恐怖に振り返ることも出来ず、一護は障子も閉めずに逃げるようにして去っていった。
 一人になった浮竹に忘れていた頭痛が襲いかかる。
 京楽め、余計なことを。
 いい思いを味わうことはできたが結局は傷を広げられただけだった。京楽への復讐は近々行うとして、一護には特別な策を講じなければならない。
 床に就けば自然と襲ってくる眠気を押しのけ、不穏な考えばかりが浮かんでくる。
 さて、どうしてくれようか。

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