繋がっているようで繋がっていない100のお題

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  080 かさついた心に泥を塗る  


 新入隊員を迎えたその日、護廷は俄に活気づいていた。
 これからの生活に対する期待、不安、興奮入り交じった表情を浮かべる新入隊員達の群れの中、まるで世界が違うと言わんばかりにどんより暗く落ち込んでいる新人がいた。
「なんでだよ‥‥」
 黒髪に目つきの悪い青年、頬には湿布を張っている。彼はひどく悲嘆に暮れていた。友人と思しき連れは鬱陶しそうに溜息をつき、オレンジ頭をかりかりと掻いた。
「またかよ。もういい加減諦めろって」
「なんで俺が五番隊で、お前が九番隊なんだよっ‥‥‥マジありえねぇ!」
「五番隊っつったらエリートの集まりだろうが。喜べよ」
「俺は九番隊がよかったんだよ! 見ろっ、刺青だってもう入れちまったんだぞ!!」
「フライングも甚だしいな」
 湿布の下には『69』。九番隊の六車隊長とお揃いである。
 しかし、彼は五番隊に配属されてしまった。名誉なことだと喜んだのは本人以外。俺は九番隊が、九番隊に、九番隊を、と配属先が決まってからもしつこいくらいに上と掛け合ったが結果は惨敗だった。
「一護っ、俺と代われ! 今すぐに!」
「やだよ。そもそもどうやって説明すんだよ。友人が六車隊長大好きなミーハー男なんで代わってくださいとでも言うのか? あり得ねえな」
「ミーハーじゃねえっ!」
「じゃあオタク?」
「オタクでもねえよっ! 俺は純粋な気持ちで六車隊長を慕ってるんだ! ミーハーだのオタクだの、そんなチャラついたもんじゃねえんだよ!!」
「じゃあ、もうストーカーしか残ってねえじゃん。修兵、ストーカーだったのか。おい、ちょっと寄るな気持ち悪い」
「ストーカー違う!!」
 一護の中ではストーカー決定だ。まさか身近に犯罪者がいるとは思わなかった。
 冗談半分、「隊舎じゃ話しかけんなよ」と言ったら、修兵は泣いた。




 隊務にも慣れた頃。一護は下っ端らしく茶を入れ、先輩達に振る舞っていた。上席官、平、入り混じっての休憩室は、いつ来てもだらだら、いやまったりとしていた。
「どうぞ、副隊長」
「ありがとー」
 それにしてもうちの副隊長はちゃんと働いているのだろうか。一護が休憩室に顔を出すたびにごろ寝または菓子を貪っている。今も寝そべって雑誌に釘付けだ。
「ところでさあ、ベリたん」
 ベリたんとは、一護のあだ名である。副隊長一人が呼ぶ愛称だ。もちろん気に入っていない。茶を配って引き上げようとしていた一護は訝し気に振り返った。
「彼氏いるの?」
「‥‥‥‥は?」
「カ、レ、シ! いるよね」
 疑問から決めつけに。一護はお盆片手に戸惑った。休憩室にいた他の面々も、なんだなんだと視線を向けてくる。
「知ってる。同期の奴だろ。ほら、よくうちの隊舎に来るアイツじゃねえのか」
「あぁ〜! アイツか! 目つき悪いあの」
「いっつも湿布貼ってる奴な。へえ、あれが黒崎の恋人か」
 やばい、このままではあのストーカーが俺の恋人にっ!
「違うっ、誤解だ! あれはただの友達!」
「まったまたー」
「本当に違うんだって! あいつには他に好きな奴がちゃんといる!」
 この一言で休憩室が、ちぇっ面白くねー、という雰囲気に包まれた。暇つぶしにからかわないでほしい。
「あれは俺に会いに来てるんじゃなくて、むぐ」
 ‥‥るま隊長に会いに来てるんですよ、と続くところ、一護は耐えた。舌を噛んで耐えた。
「むぐ? なに? というかベリたん、血が出てる」
「何でもありません。お気になさらず」
 危ない危ない。友人がストーカーだとバレるところだった。
 一護に託つけて、九番隊に頻繁に顔を見せる修兵の本当の目的は六車隊長である。偶然姿を見つけたときなど、乙女顔負けに瞳をきらきらさせて気持ち悪いったらない。それが恋人疑惑に発展した今、もう来るなと後できつく釘を刺しておこうと一護は誓った。
 隊務を終え、隊舎を出たところで修兵と出くわした。よう一護、なんて挨拶しておきながら目は六車隊長を探しているのがなんだかムカついたので、一護は駆け寄り様、腹に一発ぶち込んだ。
「‥‥‥っな、何すんだよいきなりー!?」
「っるせえ! てめえの名誉を守ってやった俺に感謝しろ」
 尻餅ついて涙目で見上げてくる男を冷たく見下ろし、一護はさっさと帰ろうとした。が、肝心なことを思い出した。
「お前、もう九番隊に来んじゃねえぞ」
「はぁ?」
「それか、告るんならさっさとしろ。俺に迷惑をかけるな」
「な、なに言って、え、告るって、六車隊長に!?」
「頬を染めるんじゃねぇえええ!」
 もう一発顔にぶち込んだ。他人の性的趣向をとやかく言うつもりはないが、でかい形してもじもじされるのは薄気味悪い。物陰から見ているだけでいいなんて素面で言う男の煮え切らなさに、堪忍袋の緒も限界だった。ぺろんと捲れかけた湿布を乱暴に剥ぎ取り、一護は『69』に向かって吼えた。
「見ててイライラすんだよっ! てめえ男だろっ、男なら当たって砕けろ! それともアレか!? 俺の口から言ってやろーか!?」
「は? え、なにを?」
「焦れってえな! じゃあアレだ、もう手紙書け手紙! 俺が渡してきてやる!」
「え、えぇ!?」
 あぁ焦れったい。刺青まで彫っておきながら少女漫画を地でいくか。
「いいか!? 明日書いて持ってこい!!」
 じゃないとお前のあだ名ストーカーな! そう言い放つと、修兵の情けない悲鳴が上がった。















「六車隊長、お手紙です」
「あぁ? ‥‥‥おい、お前、」
「差出人は男。俺じゃねーです」
「いらん」
 いいや受け取ってもらう。無理矢理押し付けると、ちゃんと読むまで一護は目を離さなかった。破り捨てられては堪らない。隊長の隣で、副隊長も一緒になって手紙を読んでいるが、まあいいか。
「‥‥‥‥黒崎」
「えぇ、分かってます。何も言わないでください。でも奴は本気なんです」
「ベリたん、これ渡す相手間違ってるよ」
「そう思われても無理はありません。でも奴は本気なんです」
 見上げた六車隊長の顔には、不思議と嫌悪感はなかった。ただ困った顔で手紙と一護を交互に見ている。
 兄貴! と慕われて久しい六車隊長のことだ、この手のことはもしかしたら初めてではないのかもしれない。それにしても修兵、便箋は淡い橙色か。チョイスがいちいち乙女臭いな。
「ここにちゃんと書いてあるよ。ずっと前から好きだったって。これベリたんのことだよね?」
「違います。奴は、六車隊長のことがずっと前から好きだったんです」
 覚えておりませんか、数年前の出来事。虚から助け出してくれた大恩人。あの日を境に親友は貴方を尊敬し、思い悩むあまりストー‥‥‥いやいや熱烈なファンになったというわけです。あ、ちなみに俺もその場に一緒にいたんですけどね。その節はどうもお世話になりました。
 と、お辞儀して頭を上げたところで驚いた目二つとぶつかった。
「‥‥‥あんときの、ガキか?」
「はい」
「大きくなったなあっ!」
 突然ぐしゃぐしゃと髪を撫でられ、一護は驚きのあまり硬直した。次いで大きな手が一護の顔を持ち上げ覗き込んでくる。隊長の精悍な顔立ちを目前に、一護はぱちぱちと目を瞬いた。
「覚えてるぞ、虚の腕に噛み付いてたオレンジ坊主! そうか、お前か!」
「や、あの、ちょ、」
 ぐりぐりぐりぐり‥‥動物じゃないんだから撫で繰り回すのはやめてほしい。
「坊主じゃなくて女の子だよ」
「あぁそうだったな!」
 何がそんなに楽しいのか、一護の頭を鳥の巣状態にするまで撫で回した末に、六車隊長は豪快に笑った。思い出してくれたのはいいが、回した腕が一護の首を絞めて苦しい。
「昔助けたガキが俺を慕って俺の隊に入ってきやがった! おい白、酒持ってこい!」
「いや、それは修兵のほうっ、ぐえぇ!」
 さらに首が絞まって一護の意見は抹殺された。タップタップ! 六車隊長の腕をぺちぺち叩いて降参する一護の視界の先に、なぜか知った顔が映った。
「っしゅ、へー‥‥!」
 来るなと言った矢先に九番隊に現れたのは紛れもなく修兵だった。妙に据わった目と視線が交錯し、一護は苦しさも忘れてきょとんとした。今日の修兵は乙女顔には程遠い。生来の目つきの悪さそのままにずんずんとやって来ると、一護を絞め上げる六車隊長を睨みつけた。
「三角関係!」
 嬉しそうに叫んだ副隊長。いやいやどういうことだ? どこが三角?
「一護を離してください」
 言い終わらぬうちに一護は圧迫感から解放された。咳き込む一護の頭上で言い放たれた言葉に唖然としたのは直後のことだった。
「いくら敬愛する六車隊長でも、俺のもんに手を出すのは許さねえ!」
「え?」
 いや、え? ん? 誰か解説を。副隊長、ヒューヒューじゃ分からん。
 一護は床にへたり込んで親友を見上げた。修兵が、敵意も露に六車隊長を睨み据えている。憧れじゃなかったのか、好きなんじゃなかったのかよ。一護の疑問は、掠れた声にしかならなかった。
 そのとき、床についた手にかさりと何かが触れた。手紙だ。修兵が隊長宛に書いたラブレター。手に取って読んだ瞬間、一護はずっこけた。
「‥‥‥‥こ、これっ、」
 嘘だろ。今度こそ、声にはならなかった。
 淡い橙色の便箋には、一護に宛てた想いの丈が延々と綴られていた。

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