繋がっているようで繋がっていない100のお題
081 無垢な魂に欲を吐く
「ん、」
「‥‥っ、一護、」
一護の顰められた眉、眦には薄らと涙が溜まっていた。それを拭ってやって髪を撫でる。
「いいぞ、そのまま、」
奥まで銜えれば喉に当たったのか、一護が咽せる。
「けほっ、ごめん、」
「いいんだ。もう一度」
一護の唇がおずおずと近づく。浮竹の中心へと、しどけなく身を折って。
最初にぺろりと舐められて、間を置かずに含まれた。暖かい一護の舌や口内に浮竹は息を弾ませた。拙いと言えばそうだが、あの一護が口淫してくれていると思うだけで。
「っ、く、」
弾けた精に一護はぱちりと目を瞬いていた。寸前で顔を離させたとはいえ一護の幼い顔に白濁が散るのを見てとると、浮竹は何とも言えない表情で大きく息を吐いた。
「すまん」
「びっくりした」
唇の端から自分の精を滴らせる一護に浮竹は目眩がした。目の毒だ、あまりにも。
本当なら抱いてしまいたい。もう一週間も抱いていないのだ。以前なら一日と置かずにその幼い体を愛でていたというのに、仕方ないとはいえ浮竹はもう我慢の限界だった。
「一護」
「なに?」
顔を拭い、浮竹が薬を飲む為に用意されていた水を含んで口を濯いでいた一護が振り返れば。
そこには真剣な表情で正座する男がこちらを見据えていた。
「なんで正座? つーか前隠せよ」
先ほどまでそれを含んでいたとはいえ一護は羞恥で顔を背ける。その隙に浮竹は距離を詰めて一護を畳の上に転がした。
「痛えっ、何だよ!?」
「抱きたい」
一護の顔が顰めっ面になる。
「駄目だって、何度も言った」
「体ならもう大丈夫だ」
暴れる一護の両手を纏め頭の上へと縫い付ける。少々乱暴に口付けして宥めるように舌を絡ませたが。
「駄、目、だ!」
しかし相手も然る者。浮竹の腹に蹴りが命中した。
「っぐ」
仰け反り咳き込んだ。しばらく部屋に一護の荒い呼吸と浮竹の咳が響いていた。そして中々収まらない浮竹の咳に、心配になった一護が近寄って背中を撫でた。
「‥‥‥‥そんなに、嫌か、」
「だって、血吐いたばっかりだし、」
一週間前。それも一護の目の前で喀血したのが仇になった。心配した一護は大事を取って一月は激しい運動は無しにしようと言ったのだ。我慢できる筈の無い浮竹がその提案に猛抗議したが、代わりにと言ってはなんですが‥‥‥、という感じで一護が初めて口で愛でてくれた。思ってもみない僥倖に最初は浮かれていたが、本人を目の前にして手を出せないのは拷問に等しかった。
「血を吐いた俺にお前は蹴りを入れるのか」
「それは、だって、‥‥‥‥ごめん」
「抱きたい。お前を気持ち良くしてやりたいんだ」
泣き落としに賭けてみる。実は生まれてこのかた女を口説いたことは無いが京楽に言わせてみれば、お前の素がもう既に女を口説いている、とのことだった。
「一護、頼む」
「‥‥‥だめ」
間があった。これはいけるかもしれない。
「もしかしたら俺は数日の後に死ぬかもしれん」
「卯ノ花隊長は一月大事にすれば元の丈夫な病人に戻るって言ってたけど」
「死ぬならお前を抱きながら死んでいきたい」
「やだよ。そんな格好悪い死に方」
一護がくすりと笑った。呆れたのだろう。
しかしその眼差しは優しい。もう一押し、声に哀れっぽさを最大限に含ませて浮竹は訴えた。
「一護、一護、頼む、一度だけでいい。俺に情けをかけてくれ」
「だから、駄目だって」
「俺が死んだらどうする? あのとき抱かれていればと一生後悔してもいいのか」
「大げさだな」
「一護!」
自分の歳は今は忘れることにする。それに男はいつまでも少年だと言うではないか。
浮竹は大きな体で精一杯一護に懇願した。
「困ったなぁ、」
本当に困った。
そんな顔で一護は見上げてくる。
「本当に一度だけって約束できんの?」
「できる」
「嘘つけ。あんたってなんでそう、真っすぐ目を見て嘘をつけるんだ」
さすがの一護もそう何度も騙されてはくれない。浮竹は本気でしょげて項垂れた。
その背中に一護は頬を寄せると溜息をついた。
「俺はこうしているだけで十分幸せなんだけどな」
それはお前がまだ子供だからだ。
そう言おうとして浮竹は口を噤んだ。そんな子供に手を出したのはどこのどいつだと言い返されるに違いない。
「手繋いだだけでどきどきするし、キスしただけで死にそうになるんだ」
何かを咎めるように一護の手が伸び浮竹の腕を抓った。
「あんたとするのはまだ痛いんだよ」
「‥‥‥‥すまん」
「恥ずかしいし」
「すまん、」
「でも好きなんだ」
「すま、‥‥‥‥一護?」
背中から温もりが離れる。一護は布団の上へと移動していて、照れたように皺を撫付けていた。
「一護、」
「どういう体勢が一番辛くない?」
などと聞いてくるものだから。
「お前は、本当に‥‥‥」
さすが惚れた人。
「なんだい、随分と元気になっちゃって」
訪ねてみれば親友は寝床ではなく文机に向かっていた。その顔色は良い。
「もしかして一護ちゃん?」
「あぁ」
この親友が一護に相当まいっているのは知っていた。その傾倒ぶりはすさまじい。
生涯の伴侶を見つけてしまったとある日突然言われたときはついに脳まで病に冒されたかと心配したものだが。
「可愛がり過ぎて、今は眠っている」
「あらら」
病人のくせに体力は有り余っている浮竹を相手にすれば、一護はひとたまりもないだろう。一度あの性欲旺盛さをどうにかしてくれと一護に相談されたことがあったが言えたのはたった一言。
諦めろ。
「一護ちゃんも可哀想に」
「何がだ」
「騙されたって絶対怒ってるよ。まさか君が僕に負けず劣らずのタラシだとは思わなかっただろうね」
「俺が? まさか」
「この天然タラシめ」
在学中、無意識に女生徒をたらしこんでいた男に京楽は力の抜けた笑みを送った。
女が途切れることが無かったのは自分だけではない、浮竹もそうだ。誠実そうな顔をして(実際には誠実だったが)そのくせ女を引っ掛けるのが巧い。それもまったく無意識でやっているものだから手に負えない。
そうだ、この男は女に関しては挫折を知らなかったのだ。
一護が現れるまで。
「女の口説き方を教えてくれと言われたときは殴ってやろうかと思ったよ」
今まで散々女を引っ掛けておいてそれはないだろと、そのときは言ってやったが本人はぽかんとしていた。
「僕らは似てると思っていたよ。女をたらし込むだけたらし込んでおいて、執着しないところが特にね」
しかし違ったのだ。
初恋なんだと酒に酔いながら幸せそうに笑い、嫌われたかもしれないと言って執務中にも関わらず呼び出されたこともあった。
「君は嫉妬した。一護ちゃんが他の男といい感じになりそうになったとき、慌てて引き裂いてた」
まだ恋にはならなかった二人の間に割り込んで。
「でも口説き方が分からないとか、ほんと面白過ぎるよ。思い出したらもう、アハハ」
「俺は真剣に悩んでたんだぞ」
実際浮竹の狼狽ぶりは凄かった。相手は自分に比べればずっと幼い子供で、今までの女のように引っ掛かってはくれなかったのだ。
端で見ていた京楽は笑うだけ笑って手は一切貸さなかった。親友が初めて誰かに執着している、それが眩しく感じられて、同時に羨ましくて。
「ねえ、一護ちゃんはそんなにいい?」
「なんだ突然。言っておくが手を出したら」
「出さないよ!」
「ならいい。お前を殺したくない」
恐ろしいことをさらりと言って、浮竹は文机に置かれた書類に視線を向けた。
やはり自分達は似ている。こうやってときには残酷になれるところなどそっくりだ。京楽がそうして内心冷汗を掻いているのも知らず、浮竹は溜まった書類に筆を走らせていた。
「ねえ」
「なんだ」
「恋しいってどんな感じ?」
しかし聞いた瞬間、浮竹の表情が優しく緩められるのを見て。
「‥‥‥‥いや、いいよ。結構」
つまりは。
微笑まずにはいられない、それが恋だと言っていた。