繋がっているようで繋がっていない100のお題

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  082 無知な頭に毒を吐く [浮竹編]  


「ーーーーーどうしたらいい?」
「‥‥‥‥はぁ‥‥どうしたら、と言われましても」
 仕事を手伝うのではなかったのか。
 部屋に通された途端、始まったのは恋愛相談。初めて見る上司の切羽詰まった表情に、ルキアは先ほど別れた親友の顔を思い出す。
「あの子には、その、今親しい男はいるのか?」
「いません」
 恋次や修兵の顔がよぎったが、あの二人は気の合う友人同士と言ったところだ。
「あの、浮竹隊長」
「なんだ」
「日頃の口説き文句はどうなされました? 言ってやればよいのです」
 浮竹の眉間が一層深く顰められた。
「なんて言えばいいんだ?」
「思ったままを」
「‥‥‥‥‥く、口付けたい、と?」
 今度はルキアの眉が顰められた。この人は自分の親友を見てそんなことを思っていたのか。
「立派な不審者です。やめたほうがよろしいかと」
「そうか、そうだな‥‥」
 じゃあ何を言えばいい。
 本気で助言を求めてくる浮竹は確か学生時代に多くの女生徒と浮き名を流した筈なのだが。ルキアは不審を込めて聞いてみた。
「好きだと言って交際を求めるのが普通でしょう? 今までそうやってきたのでは?」
「‥‥‥‥‥‥なんだそれは?」
 ルキアは震えた。
 ここに凄い天然タラシがいる。
「気付けば恋人だという女性が傍にいた。何か、おかしいだろうか?」
 今度は戦慄が走る。
 そして今まで作り上げてきた浮竹隊長というイメージががらがらと崩れていった。
「本気で‥‥‥仰られているのですか」
「京楽にもよく言われるが‥‥本気だ」
 しばらくルキアは押し黙った。
 本人はいたって真面目なのだろう。それはよく分かる。
 しかし、だ。それを変とも思わずに今日まで生きてきた浮竹は問題だ。女性を褒める、褒められた女性はそこに好意を感じる。結果、浮竹に想いが傾く。この一連の流れを想像できない、いい歳をした男。
「学生から出直してきてください」
「っな、何故だ!? 協力してくれないのか!?」
「貴方に一護はやれません」
 何やら腹立たしいのは気のせいではない筈だ。無意識に女性を口説くような男に一護は任せられない。傍にいて惨めな思いをするのは一護のほうだというのに。
「朽木、頼む! お前だけが頼りなんだっ」
「嫌です。その口で一体どれほどの女性を籠絡してきたのですか」
「京楽といいお前といい何なんだっ、俺が何をした!?」
 罪な男だ。ルキアは知っている、つい最近まで他隊の上席官の女性と浮竹は恋仲だった。
「別れ方は綺麗も綺麗、それはもう後腐れ無く別れるそうですね。一護もそうなされるおつもりで?」
「なぜ付き合う前から別れの話になるんだ」
「出会いがあれば別れもある。それでは失礼します、浮竹隊長」
「待て!」
 しつこい。振り返って睨んでやれば、そこにいたのは兎のチャッピー。
「どうだ、欲しくはないか」
 右へ左へ、釣られるようにルキアの視線が動く。
 欲しいと思っても手に入れられないのがチャッピーグッズだ。それが目の前にある。
「まだまだあるぞ。どうだ、欲しいだろう」
 欲しい。
 しかしそれと引き換えに一護を売らなければならない。そんなことができるものか。
「一護はチョコという食べ物が好きだそうです」
 ルキアはあっさりと屈した。












「ルキアはおしるこが好きなんです。今度誘ってみたらどうですか」
 一護は先ほどからルキアの話ばかりしている。浮竹はもっとこう、濃密な時間を過ごしたいと思うのだが。
「お前達は本当に仲が良いな」
 笑って頷く一護は指に付いたチョコの残骸をぺろりと舐めた。そのなんてことはない動作に見ていた浮竹は思わず手を出しかけた。
「浮竹隊長?」
「いや、なんでもない‥‥」
 俺が舐めてやりたい、なんて言える筈も無く。
 悶々とした時間ばかりが過ぎていった。そして部屋に来てから一刻も経たないうちに一護は立ち上がる。
「そろそろ失礼します」
 約束の時間だと言う一護の顔はどこか嬉しそうだった。ルキアに聞いた、部下の一人との急接近。
 このまま行かせてしまえばどうなるか。一護を強引に座らせるとチョコを一摘み、そしてそれを口へと持っていってやる。
「あの、」
「食べないのか? 溶けるぞ」
 間近で囁いてやれば一護が頬を染めた。今までの女性と同じ反応に浮竹は自信を持った。
「どうも‥‥」
 戸惑ったように一護はチョコを口にした。その唇に溶けたチョコが付いている。
 それを浮竹は極自然に舐めとった。
「美味いな」
 極自然に。
「‥‥‥‥っぎ」
「ぎ?」
「っぎゃー! 変っ態!!」
「ぐぉ!」
 浮竹は横っ面を張られた。女性に殴られるという、初めての体験に呆然とした。
「い、一護?」
「‥‥‥‥舐めたっ、舐めた!?」
 ごしごしと唇を拭う一護は今にも泣き出しそうだった。そのいつもと違った弱々しい姿に浮竹は思わず逃げようとする一護を捕まえた。
「うわー触るなっ、変質者!」
「舐めただけじゃないか!!」
 女性にそっと囁いて唇を奪う。今までそうして嫌がられたことなどない。
 自分はモテるという自覚が無かったからこそ、それが当たり前のことだと思っていた。
「一護っ、」
 暴れる一護を宥めようとしたら、どういう訳か押し倒してしまった。
「ん、んー‥‥っ」
 そしてこれまたどういう訳か一護の唇を奪っていた。どういう訳か。
 決して襲うつもりは、と脳内で言い訳しながらも浮竹は抵抗する一護の体を封じて唇を貪った。思っていたよりも一護の体は細くて頼りなかった。自分が抱いて壊れやしないかと、そんなことを心配した。
「ん、っは‥‥‥わわっ、ちょっと!」
 小さな胸だった。浮竹が今までに触れてきた胸は豊満なものばかりだったからか、その小ささにある種感動してしまった。
「っう、う、嫌だ、なんで、」
「なんでと言われても‥‥‥」
 今までは自然の成り行きであったからか、なんでと問われたことも無ければ浮竹自身が問うたことも無い。
 そのときルキアの言葉を思い出す。
「好き‥‥‥‥だから、だろうか」
 言った後に、人生で初めて他人に対してこの言葉を使ったことに気がついた。
「そうだ、好きだ。好きだ一護」
 一護は目を見開いて固まってしまっている。これは好都合、とばかりに死覇装を脱がしにかかった。
 好き。良い言葉だ。どうして今まで使ったことが無かったのだろうか。たぶん使う機会が無かったのだな。
 京楽が聞けば言うべき場面は何度もあったと言う筈だが浮竹は言われなければ気付かない男だった。
「一護‥‥」
 硬直したままの一護の腰紐を引っ張った。それだけで浮き上がった一護の体の軽さに再び感動して、袴の裾から手を忍ばせた。ここまできて抵抗される、という考えは頭の中には無かった。
「‥‥‥‥いい加減にしろっ、嫌だっつってんだろ!!」
 最初の平手とは比べものにならない、今度は固く握られた拳が浮竹の頬を襲った。
「馬鹿野郎っ、一人で納得してんじゃねーよ!」
 二度も殴られるという事態に頭が着いていけなかった。
 頬を押さえてぼけっとする浮竹を指差し一護は吼えた。
「あんたが好きだろうとしていいことと悪いことがあんだよっ、俺の気持ちも聞かずに押し倒してイロイロするとは何事だ!?」
 ちなみに女性に説教されるのも初めてだった。一護を女性と形容するのは少し違うとは思ったが。
「今までそれでウマくいってたのかもしんねえけどなぁっ、俺は違うんだこのバカタレ!」
 元柳斎にされるように、浮竹は思い切り拳骨を頂いた。痛みは引けを取らない、苦痛に呻いている間に一護は行ってしまった。
 一人取り残された浮竹に声をかける人物がいた。
「見ーっちゃったー見ーちゃった〜」
「京楽‥‥」
 親友の登場に嫌そうな顔を隠しもしない。浮竹は気まずいところを見られたことで、殊更ぶっきらぼうに口を開く。
「いつからいた‥‥」
「君が一護ちゃんの小さな胸にでれでれしてる辺りから」
 悪趣味な男だ。睨みつければ何故か笑われた。
「あのまま一護ちゃんが流されてったら止めないで去ろうと思ってたんだよ? でもそうはいかなかったねえ」
 浮竹、君の不敗伝説が消滅したと揶揄された。一体何が不敗なのか天然の浮竹には分からなかったが。
「もういいっ、出ていけ!」
「おめでとう」
 嫌味か。
 振られたことへの八つ当たりで浮竹はなおも怒鳴ろうと口を開ける。そのとき京楽が実に柔らかい笑みを浮かべてこう言った。
「初恋、おめでとう」

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