繋がっているようで繋がっていない100のお題
083 痺れる指先
「おはよう、今日も笑顔が素敵だな」
「髪切ったんだな、良く似合ってる」
「お、紅を変えたな。色っぽいぞ」
すれ違う女性死神達すべてに声を掛け、浮竹は颯爽と歩いていた。声をかけられた女性死神達は「やだもう浮竹隊長ったら」とまんざらでもない。
そして前方から歩いてくるのは十三番隊きっての美少女と言われる一人の女性死神。破顔した浮竹のその口からは口説きともとれる言葉がすらすらと飛び出した。
「おはよう、朽木。今日も冬の華のように美しいな」
「おはようございます。今日も相変わらずですね」
ルキアの生温い返事にも浮竹は動じない。にっこりと笑い返していたが、その笑みが突如として凍り付いた。
ルキアの背後、廊下の向こうから目立つオレンジ色が歩いてきた。目が合って、思い切り引き攣った顔をされた。
「早いのだな」
「‥‥‥あぁ、今日は昼で帰るから」
近くまで来ても浮竹と目を合わせようとしない、どこかびくびくとして怯えているのが分かる。普段の勝ち気な態度とは正反対だった。
どうにかしてしまいたい。勝手に動こうとする右手を制し、浮竹は部下に対する誠実な態度で挨拶をした。
「おはよう、黒崎」
「‥‥‥‥‥‥おはようございます」
さっとルキアの後ろに隠れてしまった。一護は警戒心も露に自分よりも小さなルキアを盾にしてこちらを伺ってくる。
「えぇと、今日も、あれだな、黒崎は」
他の女性であったなら口が勝手に褒める言葉を紡いでくれるが一護だとそうはいかない。浮竹は考えた。一護の心が己に傾くような気の利いた文句を。ルキアが言っていた、思ったままを口にすればいい。
「可愛い尻をしてるな!」
「‥‥‥‥‥わぁ」
感嘆ともとれる呆れの声を出したのはルキアだった。その後ろで一護が目を見開いて固まっていた。
言った後にしまったと思ったがもう遅い。浮竹は前々から思っていたことをつい言ってしまい、それに顔色を悪くした。
「浮竹隊長‥‥」
「お、おぅ、」
ルキアの肩に顔を埋めた一護の低い声に浮竹はあたふたした。違う、今のは間違いだ、いや間違いじゃないけれど言うべきではなかった。
「あのっ、黒崎、」
「一生寝込んでろ‥‥‥!」
その直後にルキアが吹き出した。
「そりゃ立派なセクハラですよ」
海燕は書類の内容を確認するとそれを浮竹へと回した。口も動かすが手も動かす、しかしそれをしない上司の文机には書類が徐々に積まれていく。
「浮竹隊長。落ち込むのは大いに結構ですけど仕事はしてください」
「海燕、俺は今非常に悩んでいるんだ」
「そーですか。でも仕事してください」
はい、と渡された分厚い書類の束に浮竹は目眩がした。今日は何もしたくない、布団にくるまって一護のことだけを考えていたい。
「ほら、手を動かす。一護のこと教えてやりますから」
その言葉にしゃきっとした自分を海燕が生温い視線で見ていたが浮竹は気にしない。ルキアでもう慣れた。
「こことここに目を通して判子押してください。一護はね、女にモテるんですよ」
「なんだそれは」
「ちゃんと書類を読んで! 見たことありませんか、修行場じゃあアイツ、他の野郎共よりも女から声援受けてるんですよ」
少しでも書類から視線を逸らせば海燕の激が飛んだ。浮竹の視線は一応は書類に釘付けだったが意識は話に集中していた。
「都のヤツが言うんですよ。一護見てると昔の俺見てるみたいでトキめくわ〜、だって。クソ、今の俺にはトキめかねえのかよ」
夫婦関係の愚痴はどうでもいい。その辺りは聞き流して、話は再び一護に戻った。
「つまりは一護自身、そこらにいる野郎じゃ比べものにならねえってことです。世間一般で言う良い男の更に上を行く良いオトコっぷりなんですよ、一護は」
それは確かに。
檜佐木と阿散井と三人並べば女子の熱い視線が集中している。てっきり副隊長二人にかと思いきや、その視線は一護にもばっちりと注がれていた。
思い起こせば一護の周りにはいつも人がいた。それは主に女子。ルキアがいるときは近寄ってはこないが一護が一人でいるときには必ずと言っていいほど傍に誰かがいたではないか。一護の腕に腕を絡ませ頬を染める女性死神に嫉妬を覚えていた自分もついでに思い出し、浮竹は思わず天を仰いだ。
「派手系美人で巨乳の九番隊の元カノとか可愛くて巨乳の七番隊の元カノとか知的美人で巨乳の三番隊の元カノと比べると、一護は俺に似て凛々しくて貧乳ですよ?」
巨乳、巨乳、巨乳、ときて貧乳。おかしいではないか。海燕の指摘に浮竹はむっと眉を顰めた。
「俺は別に胸で選んでいた訳じゃないぞ」
「そーですか。付き合った女性がたまたま巨乳だっただけですか」
「そうだ!」
偶然、本当に偶然、今までの恋人達が巨乳だっただけで自分は決して巨乳好きな訳ではない。何より一護の小さな胸もそりゃあ可愛かった。顔を真っ赤にしてイヤと言う一護はそりゃあ可愛かった。
「自分よりも良い男じゃないと一護は靡かないと思いますよ、にやにや笑いの浮竹隊長」
緩んだ口元を浮竹は慌てて引き締めた。
「一護は俺に似て女子供には優しいんです。あと病人とか。具合の悪い人間は放っておけないでしょうね」
さらっと言うと海燕は再び書類作業に戻った。しばらくぼうっとしていたが、その何気ない助言に気がつくと浮竹は猛然と書類を捌く手を速めた。昼までに仕上げなければならない。
「海燕。お前は本当にできた男だ。それにその顔、惚れそうだ」
「やめてください気持ち悪い」
翌朝。
「海燕、海燕!」
後ろを振り向けばぶんぶんと手を振りこちらに駆けてくる満面の笑みを称えた男、はてあんなでかい子供の知り合いなんていたかなと海燕は知らないフリをした。
「海燕っ、聞いてくれ、一護が」
嬉しさで溢れた声に、海燕は嫌々ながらも振り返る。予想通り、幸せですと顔に書かれたでかい子供が立っていた。
「なんですか、朝っぱらから鬱陶しい」
「ははは。一護と似た顔で言われても全然腹が立たんぞ俺は!」
一夜にして甦った病人の話はこうだ。
「一護が昨日、ずっと傍にいてくれたんだ。手を握って励ましてくれた」
「仮病なのにね」
なんて騙されやすいヤツなんだ。俺に似て優しいヤツ。
弟分、じゃない妹分の一護を思い出し海燕は少々心配になった。
「謝ったら許してくれた。もうしないでくださいねと恥ずかしそうに言うんだ、どうしよう」
恥ずかしそうなのは浮竹のほうだ。巨乳の元恋人達といたときには見せなかった表情に海燕は目を見張った。
「なんだその顔は。俺は本気だぞ」
「‥‥‥‥だって、貧乳ですよ?」
「乳の話はするな」
とにかく本気なんだと訴える上司の姿は鬼気迫るものがあった。気付けば恋人がいた浮竹が初めて惚れた相手を見つけた、それが一護。
しかし一護。
「頼む海燕、協力してくれ。朽木は友情を取ってしまった」
両手を握られ頼み込まれた。その目は切実だ。上司に頭を下げさせるなどあってはならない。なにより人に助けを求めない浮竹がこんなにも必死になっているのに、それを断るなんて海燕には出来なかった。
「‥‥‥‥分かりました。俺に任せてください」
いつまでもふらふらする浮竹の身を固める手助けだと思えばいい。
仕方無さそうに笑って承諾すれば、熱の籠った視線で射抜かれた。
「‥‥‥‥ちょっと、いい加減手を離してください」
ぶんぶんと手を振るも更に力を込められた。痛いほどに。
「もう一回笑ってくれ。ちょっと困った感じで」
「ぉお俺は一護じゃねー! 離せ気持ち悪い!!」
海燕の叫び声が響く、気持ちの良い朝だった。