繋がっているようで繋がっていない100のお題
086 喘ぎあい喚きあい
「剣ちゃんが風邪ひいちゃったの」
鬼の霍乱。
それを聞いたとき、誰もがそう思ったことだろう。
あの剣八が風邪。一体何の冗談だ。一護は最初、信じようとはしなかった。
「もう大変なんだよ。今にも死にそうなんだよ」
「いや、薬飲んで寝てりゃあ治るだろ‥‥」
「それがね、駄目なの。薬持って近づこうとしたら攻撃してくるんだよ。誰も近づけないの」
「やちるにも?」
「あたし? あたしは大丈夫だと思うけど近づかないよ。だって風邪うつされたくないもん!!」
なんて素直な子なんだろう。いっそ天晴な主張に、一護は苦笑した。
「だからね、はいコレ」
手を取られ、ぎゅっと握られる。違和感を感じた一護は掌を覗いて、そしてうっと悲鳴を呑み込んだ。
綺麗に包まれた薬剤が三つ。
「朝、昼、晩。一包みづつね。朝はもう過ぎたから、昼、晩、翌朝だね。よろしくね」
「待て待て待て! なんで俺!?」
日にちを跨いでいる。一護は猛然と抗議した。
「だっていっちー、前に風邪ひいたとき、剣ちゃんに看病してもらったじゃない。今日こそ恩返しする日だよ。巡ってきたチャンスだよ」
どう考えても罰ゲームにしか考えられないのは一護の気のせいなのだろうか。
一護が苦悩も露に頭を抱えると、やちるは明るく励ましてくれた。
「大丈夫だよ! いっちーなら絶対攻撃されないよ。襲われるかもしれないけど」
「‥‥‥‥オイ、意味分かって言ってんのか」
「うふふ」
その笑みは、一護の剣八へ対する気持ちを知っていると言っていた。途端に恥ずかしくなって、一護は顔を真っ赤にしながら踵を返すと駆け出した。
風邪薬を握りしめ、一護は剣八が寝ているという部屋の前までやってきた。
やちるはもちろんいない。二人きり。
「‥‥‥バカ。何を考えてんだ俺は」
浮かんだ期待を掻き消そうと、近くの柱に八つ当たりした。すると部屋の中で気配が動く。
「一護か?」
その低く恐ろしい声に一護は腰が抜けそうになった。いつもの五割り増し怖い。
入れと言われるが、一護はしばらく動けなかった。取り敢えず掌に『人』という文字を書いてみたが、この『人』が一体どういうふうに自分を護ってくれるのだろう。
「どうした。何してる」
「‥‥‥入るぞ? 何も、すんなよ?」
薬を渡そうと部屋に入った十一番隊の隊員を何人もぶっ飛ばしたらしい。床や柱に返り血らしき染みを見つけ、一護はぞっとした。更木隊の隊長は弱った姿を見られたくないのか、誰も部屋に入れないという。
結局、一護は十人ぐらいの『人』を呑み込むと、意を決して入室した。
「ぎゃあ!」
そこにいたのは紛れも無い鬼だった。
「どうした、変な声上げやがって」
「っへ、変なのはお前だろ! 風邪ひいてるのに刀抱えて座ってる奴があるか!!」
まさに臨戦態勢。誰が襲ってきてもいいように、刀の柄を離さない。髪は下ろしていて、死覇装ではなく寝着を纏ってはいるものの、はだけてほとんどその役割を果たしていない。まるで破落戸のようだった。
いつも以上に凶暴な雰囲気を纏う剣八に、そりゃあ誰も近づきたくない筈だと一護は思った。
「刀置けよ! 一体何と戦うつもりだ!」
「うるせえよ。さっきからふらふらしやがんだ。気を抜けるか‥‥‥」
根っからの戦士。
‥‥‥いや、違う。これはただの馬鹿だ。一護は呆れ、そのお陰か恐怖心が薄れていった。
ゆっくりと剣八に近づくと、殺気に似た霊圧を飛ばす体に恐る恐る触れた。熱い。懐から薬を取り出して水を探す。しかしどこにも見当たらなかったので、取りに行こうとすると腕を掴まれた。
「どこに、行く、」
そう言って、剣八は獣のように速くて荒い呼吸を繰り返す。ついさっきまでは普通だった呼吸が、一護が来てから明らかに異変している。
「水を、取りに行くだけだ。離せって」
「‥‥‥‥行くな‥‥」
体を引っ張られ、一護は咄嗟に手をついた。しかし背中に回された腕が一護の体を押しつぶす。
は、は、と聞こえる息づかいは、本当に人間のものなのだろうか。一護を抱きしめる腕が強くて熱い。固い胸板に頬を押し付けられて、鼻孔をくすぐるのは獣のような男の匂い。
「け、ぱち‥‥」
口がうまく動かせない。汗ばんだ胸板のその奥底から、速い鼓動が聞こえてくる。
一護がその音に耳をそばだてていると、視界がくるりと回った。胸板よりずっと柔らかい敷き布団の感触に、上から聞こえてくる荒い呼吸。
どういうことかと分かった瞬間、全身が熱くなった。
「一護‥‥、お前、どうして来やがった‥‥」
肩に大きな手が触れて、うつ伏せになって逃げようとする一護の体を仰向けにした。覆い被さる大きな獣が、一護をぎらぎらとした目で見下ろしている。
「‥‥‥‥おれ、」
出した声は消えそうなほどに小さかった。それが無性に恥ずかしくなって、一護の顔に血が上る。そんな一護を見て、剣八がひどく苦し気に息をついた。
剣八は片手を一護の顔の横につくと、そのままぐっと顔を近づけてきた。荒い息が一護の首筋にかかり、思わず声を漏らして反応すれば、剣八は強く目を瞑り、そして開いたときにはもう容赦の無いそれに変わっていた。
「‥‥‥いいか、一護。‥‥‥こういう、弱った男の前に、のこのこと、やって来るんじゃねえ、」
荒い息づかいの合間を縫って、剣八は諭すようにそう言った。しかし目つきは鋭く、情念が渦巻いている。
「獣に近くなる、どうしても、‥‥‥‥‥だから、こういうことになるんだ」
剣八が握る刀の切っ先が、音も立てずに一護に向けられる。ひ、と息を呑んだときにはもう遅い。ブツリ、と裂ける音がした。
「‥‥‥‥‥‥けんぱち、」
咄嗟に閉じた瞼を押し上げると、ちょうど剣八が刀を置くところだった。腹回りがずいぶんと楽で、見下ろすと、死覇装の腰紐が裂けている。
と、合わせ目からかさついた手が滑り込み、衿を左右に大きく広げられた。途端に舌打ちが落ちてくる。
「なんでさらし巻いてねえんだ。馬鹿かてめえは」
馬鹿と言われてカチンときた一護は、状況も忘れて食ってかかろうとした。しかしするりと体を一直線に撫で下ろされて、変な声が出た。
「まな板。声も可愛くねえ」
「っわ、悪かった、な!」
ぐす、と鼻を鳴らす。熱い雫がこめかみを伝っているのに気がついた。
「でも泣き顔は上等だ」
褒めるのはそこだけか。悔しくなって体を隠そうとすれば、両腕を纏めて頭上に縫い付けられた。そして感じる胸への濡れた感触に、ん、と鼻にかかった声が出た。
「今のは、よかった」
「うる、さい‥‥っ、」
足をばたつかせても体重をかけられて、一護はますます動けなくなる。重くて苦しいのか、それとも羞恥か、一護は全身に汗をかいて、剣八の愛撫を受けた。
「んんっ、」
ちゅ、と先端を吸い上げられて、一護の腰が浮き上がる。できた隙間に剣八が手を差し込んで、一護の腰を支えた。拘束された手も解放されて、一護は咄嗟に剣八にしがみつく。剣八の動きが一瞬止まったが、大きな体で小さな一護を抱き込むと、痛いほどに胸への愛撫を施してきた。
「‥‥い、ってえ‥‥っ、」
「我慢しろ、でかくしてやってんだ、」
片手で乳房を掴まれて、強く力を込められる。引き千切るつもりかと思ったが、生憎一護のそれは引き千切るほどには膨らんではいなかった。
けれど一転、力が緩められ、下から押し上げるようにして揉まれてしまうと、一護はその気持ち良さに喉を逸らして快感に震えた。
一護の反応に気を良くしたのか、剣八の舌が執拗に一護の胸の飾りに絡んでくる。腰を支えていた手が一護の袴の中に入り込み、小さな尻を撫でさすられた。
そんなふうに体に触れられることは一護にとってはもちろん初めてのことで、なのに嫌だとは少しも感じない。汗に濡れる体同士がくっついていても、不快どころかいっそうドキドキした。
「そういう顔、他所の男に見せんじゃねえぞ」
どんな顔だろう。一護が不思議そうに首を傾げると、なぜか剣八は舌打ちして、そして一護の袴を取り去った。指が下着に掛かる。
「っわ、あの、おれっ、」
「大丈夫だ、最後まで、しねえから、」
「え!? 最後までやんないの!?」
二人は密着し合ったまま、しばらく呆然とした。
「ねー? 言ったでしょ、二人は相思相愛だって」
「難しい言葉を知ってますね」
「漢字で書けるよ!」
得意満面のやちるの視線の先では、剣八と一護が並んで座っていた。ときどき二人の目が合って、同時にさっと逸らす様が非常に初々しい。
「あ、ちゅーしてる」
また視線が合って、今度は口付け合っていた。弓親と一角は慌ててやちるの目を覆った。
「見えないよ! あたしには見る権利があるんだから!」
「無い無い無い!!」
「副隊長にはまだ早過ぎますって!!」
子供扱いされてやちるは盛大に膨れっ面をした。そもそも二人をくっつけたのは自分の功績なのに、見れないなんて口惜しい。
「あの剣ちゃんがお付き合いをしてるんだよっ、あたしが見なくて誰が見るって言うの!」
「見なくていいっ、そっとしといてやりましょうよっ」
やちるは抵抗したが、結局はその場から引きずられるようにして退場を余儀なくされた。そんな事情を知らない恋人達は、相変わらず恥じらいながらも睦み合っていた。