繋がっているようで繋がっていない100のお題

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  090 飛んでいく貴方  


 それは突然だった。
 いつものように他の破面に絡まれていた一護はぼろぼろになりながらも相手の腕に苦し紛れに噛み付いていた。斬魄刀は奪われて、それでも噛み付いたまま離そうとしない一護にキレた破面は己の腰に差した斬魄刀を抜いた。格下相手に抜くことは恥と言うそれを抜いたのだ。
 ザマーミロ。お前は恥をかいたんだ、かかせてやった。
 少しだけ胸がすいて、後は痛みに耐えようと一護は一層相手の腕に歯を立てたときだった。
「あーもーウゼェなテメー死ね!!」
 長い足が映ったと思った瞬間、一護は床に倒れていた。噛み付いていた相手が吹き飛ばされたからだ。一緒になって床に這いつくばっていると、今度は体が上に引っ張られた。
 細くて鋭い、爬虫類のような目が自分をぎろりと睨みつける。まさに蛇に睨みつけられた蛙のごとく一護は凝固した。
 背が高い男らしく、首根っこを掴まれて持ち上げられた一護の両足はぶらんと宙で揺れていた。下ろしてほしい、しかしそう言える空気ではない。何か一言でも言葉を発しようものなら斬られそうな空気だった。
「なんか言えよ」
「‥‥‥‥‥‥」
 言ったら絶対殺される。
 そんな根拠の無い確信から一護は一言も発せないでいた。
 うんともすんとも言わない態度を相手は気に入らないのか更に凶悪な視線を向けてきた。増々言葉なんて発せやしない。
 黙りを決め込む一護だったが突如として床に放り捨てられた。そして一護がぽかんとしている間、逃げようとしていた破面にそいつは豪快に蹴りを入れた。ころころ転がって壁にぶつかって沈黙。破面って転がるもんだなーと変な感心をしていると、再びそいつと視線が絡んで一護は緊張した。
「オイ」
 見下ろされて大きな影が一護を覆った。逆光が更なる凶悪さを加えていて、こんなに怖い破面を一護は見たことがなかった。
「鼻血くらい拭けよ」
「あっ、」
 ぼたぼた零れて血溜まりができていた。袖で拭き取ってはみたものの止まらない。慌てて仰向けになったら、馬鹿違う下向くんだよ、そう言われて頭を掴まれ無理矢理下向きにされた。鼻を押さえてしばらく動かないでいると一護の回復機能もようやく働く意志を見せ始めたのか、勢いよく流れていた鼻血も額からの出血もゆるゆるとしたものに変化した。
 その間、大きな手がずっと一護の頭にあった。左のこめかみ辺りを覆う仮面に触れられたときはびっくりして変に咽せてしまった。
「止まったか?」
 小さく頷いて、一護はそれから顔を上げることが出来なかった。お礼は言いたいが、破面の中には一護が喋っただけで殴ってくる奴もいるので結局は無言のままだ。
 相手が去るか、それとも自分が去るか。どうしようとぐるぐる考えていれば、つんと髪を引っ張られた。
 主に前髪。乾いた血がこびりついていて、どうやらそれを取ってくれているようだった。ぽろぽろと血の固まりが床に落ちていく様を眺めることしか一護にはできない。こんなふうにして触られるのは初めてで顔に熱が集中するのが分かる。一度は止まった出血が再び始まりそうな予感に一護は身を縮めてされるがままだった。
「っう、わ!」
 突然顎を掴まれて上向かされた。凶悪な目に間近で覗き込まれ悲鳴を上げたいがそれもできない。掴まれた顎が痛くて、このままぐしゃっと握り潰されるのではないかと身震いした。
 もしかしていい人なのかもと思ったがそれはきっと間違いだ。破面に”いい人”だなんて。
「‥‥はな、せ、」
 にやりと笑われた。そいつは笑うと更に凶悪な顔つきになって一護を見下ろしてくる。首を振っても手は離れない、腕を掴んで振りほどこうとしても顎を掴む力が増しただけだった。苦痛に歪む一護の顔を楽しそうに眺め、そいつは何を思ったのか親指を口の中へと入れてきた。
「あ、ぅうっ」
 抗議の意を込めて呻き声を上げればそいつはまたしても笑った。思い切り噛み付いてやれば鋼皮は一護の歯を簡単に跳ね返す。けれどその反抗が面白かったのかそいつの親指は一護の舌を押さえつけた。
「うー!」
「ははっ、面白えな」
 玩具のように扱われて屈辱感から拳を握る。それを突き出す前に一護は冷たい廊下に体を押さえつけられた。
「お前、名前は?」
 親指を突っ込んだ状態で聞いてくるこの男の神経が信じられない。バカ野郎と罵ってやりたいが、掠れ声が出てくるだけだった。開いた唇の端から唾液が零れ、それを舐めとられた。
「名前は何だ」
 零れた唾液を唇に塗り付けられた。親指で今度は唇に触れられる。
 一体何なんだ。何をする気なんだ。相手の鋼皮にまったく適わない、持て余した己の両手を一護が無意識に胸の前で握っていれば、相手の凶悪面に苦いものが加わった。
「‥‥そんな顔、するんじゃねえよ」
 どんな顔かは分からない。けれど今だ、怒鳴ってやろうと腹に力を入れた瞬間そいつの顔がうんと近づいた。
「ノイトラ様ー!!」
 場違いな明るい声に一護とそいつは同時に呼吸を止めた。
「このテスラ、ご命令通りついにあの子の名前を突き止めましたよ!」
 その距離はおよそ一センチ。間近も間近、触れ合いそうなほどの近距離で一護とそいつ、ノイトラは動くに動けないでいた。
「もう本当に苦労したんですよだって誰に聞いても知らねーよバカって言うしていうか何でそんなこと聞くんだよボケって逆に聞き返されるしでもう最終的には拳で聞いたというか」
 爽やかな好青年面したテスラという破面は表情豊かにそう語ると目の前で不自然な体勢でいるノイトラを見下ろした。不自然な体勢とはつまり誰かを押し倒しているような。
「っわーすいませんお楽しみの最中に!」
 くるっと回れ右して去ろうとしたテスラはぴたりと止まった。そしてノイトラの背後から覗き込み、一護と目が合った。
「‥‥‥‥あれ? その子もしや」
「黙れテスラ」
「え、いやだって‥‥‥‥あれれ、というかノイトラ様、なんで拳なんか振り上げて」
 黙りやがれ!
 そんな叫びと鈍い音、破面って飛ぶんだなーと一護は思った。

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