20題の日常恋愛活劇
07
しきりに細長いアイスを勧めてきた浦原を殴り飛ばし、一護は縁側に座って四角いアイスをばりばりと食べていた。
「あーもー暑い。溶けそう」
溶けて指先に零れ落ちたアイスをぺろぺろと舐めていると、その光景を食い入るように見つめている浦原に気がついた。
「その舌使い、たまんないっスね」
「‥‥‥‥‥‥」
どうやら四角くても燃えるらしい。
「あぁ、アイスを使ったプレイとかしてみたいなあ」
「‥‥‥‥‥‥」
この変態め、と内心で悪態をついてアイスを食べることだけに専念した。
「次来るまでにクーラー直しとけよ」
猛暑の中わざわざ会いに来てやれば浦原商店のクーラーは運悪く故障していた。今二人を涼しくしようと奮闘しているのは見るからに年代物の扇風機が一つだけだ。
「暑いのはお嫌いですか」
「嫌い。涼しいほうが断然いい」
湿気が加われば夏は地獄だ。一護は汗の浮かんだ鼻を擦り、さくりとアイスを齧った。アイスの棒が二センチほど頭を出していたが、”アタリ”の文字は一向に見えてこない。ハズレだったか、一護は暑さで怒りっぽくなっていたせいかその不満を簡単に表情に乗せた。
むっと唇を突き出す一護を見て、扇子で隠された浦原の口が「可愛い」と小さく動いた。
「アタシは好きですけどねえ。だって暑いと一護サン、薄着になるでしょ」
今の一護はタンクトップに短パンという出で立ちだ。死神になれば二の腕も太腿も皆隠れてしまう。それらが惜しげも無く晒されている姿に浦原はにんまりと笑って眺め回していた。
「冬は着込むじゃないですか、頭のてっぺんから指の先まですっぽりと。まあそれを一枚一枚脱がしていくのもまた乙ですけど、やっぱり夏のほうがことに及びやすくてアタシは大好きです」
ぺらぺらと喋りまくる浦原の手は胡座をかく一護の内腿に伸ばされていた。触れられる直前に一護は察知し、食べかけのアイスを浦原の口へと突っ込んでやった。
「んぐっ、ちょ、アタシは突っ込むほうであって突っ込まれるほうじゃないんですけどっ」
「暑いからいちいちツっこまない」
すぐにそういう方向へと持っていこうとする浦原を軽く流して一護は扇風機の前へと移動した。ガタゴトと時折異音を奏でる扇風機だが、涼しいことには変わらない。首を振っていたそれを固定させて、一護は涼しい風を独占した。
「アイスも食ったし、もう帰ろうかな」
扇風機の風で一護の声はおかしく歪んでいた。小さい頃はそれが不思議でたまらなく、それを思い出した今は懐かしくなって一護は「あー」と意味も無く声を出した。
「子供みたい」
アイスを食べきった浦原が背中に張り付いてきた。作務衣の下にある体は逞しい。硬い筋肉の感触が薄着のせいで、行為中のときのように身近に感じられた。
「暑いから離れろよ」
「暑いんだからくっついてましょうよ」
少し体が触れ合っただけで一護の背中はじわりと汗をかく。そしてうざったそうに振り返れば唇が重なってきた。
最初は表面だけのそれも次第に深くなってくる。甘い口付けはアイスのせいで、ヒヤリと冷たかったそれも今は熱いものへと変わっていた。暑さと息苦しさでくらくらとしてきた一護に、浦原が増々暑苦しいことを仕掛けてきた。
「やめろって、」
先ほど阻止した手が内股を滑る。じっとりと汗ばんだ体を誰かに触れられるのは正直気持ちのよいものではない。やめさせようとその手を掴めば口付けはより激しいものへとなった。
「んん、」
汗が額を滑る。唇が離れ、汗を舐められたところでようやく体も離れていった。
「あー‥‥‥‥あっつい」
「抱きつくなら扇風機じゃなくてアタシに抱きついてくださいよ。うんとイイ気持ちにして差し上げますよ」
扇風機を抱え込んだ一護の背中に再び張り付いて浦原は甘えた声で誘ってみた。
「クーラー直ってから言ってくれ」
「もう少ししたら涼しくなりますよ」
真上にあった太陽はもう随分と低い位置にある。気温も低くなり、過ごしやすくなる時間帯まであと少しだ。
「ただでさえべとべとなのに、これ以上べとべとになりたくない」
汗で張り付いたタンクトップをめくり、そこに風を入れていたら入ってきたのは浦原の手だった。
「しつこい」
「暑さに負けず頑張りましょう? 学校でそう言われませんでしたか」
「言われたけど。交尾に励めとは言われてない」
一護の態度は相変わらずつれない。腹の辺りにある浦原の手は追い出されはしないものの、そこよりも少し上にいこうものならすぐさま引っ掻かれるだろう。
一護は扇風機に抱きついて、浦原は一護に抱きついて。
しばらく二人と一台は無言の時間を過ごした。
カ!
「あ」
空が光った。
その後間髪入れずに轟音が鳴り、空気がびりびりと揺れた。
「近いっすねえ」
ポツポツと降ってきた雨はサァーと繊細な音になり、やがてザアザアと騒がしく変化した。縁側に座っていた二人にも水滴が跳ね返りぶつかってくる。
「これで涼しくなりますねえ」
恵みの雨だ。
そう言う浦原の声は嬉しげで、しかし一護はそれを無視して相変わらず扇風機にへばりついていた。
「天然のクーラーですよ。ねえ、一護サン、ねえねえねえ‥‥‥‥」
「あーもーうるさい」
そんなにすぐ涼しくなる筈も無く、一護はいまだ暑さでだるそうにしていた。今は浦原よりも扇風機のほうがずっと愛しいと思える。
「またな。また今度」
ちなみに一護の”また”は中々やってこない。それを知っている浦原はついにしびれを切らし、先ほどから一護を独占しているオンボロ扇風機のスイッチを無情にも消してしまった。
「あ!」
更にはコンセントも抜いてやった。それも本体のほうを引き千切ったのだ。
赤と黄色で保護された銅線が情けなくも見えて、一護は絶句した。
「馬鹿かオマエ! 扇風機まで壊してどうすんだよ!」
「機械が作り出す涼しさなんてまやかしです」
「涼しけりゃそれでいいんだよ。今すぐ直せよ、でなきゃ帰る」
「雨で濡れますよ。どうせならアタシがここで濡らしてあげますから、ね? シマショ?」
「シマセン」
浦原の扇子を奪い取り、それを仰いで風を起こした。しかし人力と機械とではえらい差だ。
微風と運動で起こる熱はちょうどプラスマイナスゼロ。涼しいとは思えない。
「やっぱ家に帰ってクーラーにあたりたい。傘貸せよな」
「貸しません。‥‥‥‥一護サンなんて雨に濡れて帰ったらいいんだ」
恨めしげな視線を送ると、浦原はくるりと背を向けてしまった。どうやら拗ねているらしいが構ってほしいという雰囲気がありありと浮かんでいた。本当に怒っているのなら部屋を出ていけばいいのだから。
「お前な、思いやりとか学校で習わなかったか」
「習いました。けど”思い”のつく言葉はアタシ、概ね否定的なんです」
なんせ自分が一番だった。今はその首位の座からは転落し一護が君臨している訳だが。
「両思いも?」
「あ、それは大好きです」
「お前って奴は都合がいいな」
扇子で浦原の後頭部をぺちりと叩き、今度は一護のほうから背中に抱きついた。
「十秒」
「え、」
ついにお許しが、と胸を弾ませた浦原だがどうやらそううまくはいかないらしい。
「これから十秒数えるうちに、雷が鳴らなかったら俺は帰る」
「‥‥‥‥鳴ったら?」
腹に回った一護の手に浦原は己の手を重ね、ぎゅっと握った。
一護のほうは浦原の背中に頬を寄せ筋肉をなぞり、しばし無言になってから、言った。
「もし鳴ったら、‥‥‥‥‥‥‥ここで濡れていこうと思います」
浦原の体が熱くなった。
重ねられた手から伝わってくる体温が上がった気がして一護は笑った。
「一、二、」
「ちょ、速いですよっ、もっとゆっくり数えてください!」
「さーん、しーぃ、」
「もっとです、もっとゆっくり!」
「ごーーーお、ろーーーくぅ、」
「やっぱり一分にしません?」
「七、八、九、」
「冗談ですっ、タイム! それか一からやり直しを」
「十」
「あーーーーーーー!!」
離れる。
一護の手が体が、浦原から離れていこうとしたそのとき、
カ!
「あ」
「やった!」
ドン。
落ちた。
「アウトじゃねえ?」
「セーフです、ギリギリセーフ!」
離れかけた一護の体を抱き寄せ必死になって引き止めた。
「ね? お願いです、アタシ達両思いでしょう?」
伺うように一護のタンクトップを引っ張った。この一枚向こうには浦原を惑わす肌がある。
「いい歳した大人が俺みたいな子供にそんな下手に出るなよ」
「だってアナタが一番なんです。アタシは二番」
自分は下なのだと浦原は言った。
「アタシは一護サンには絶対服従です。我が儘は言いますけどね」
一護が折れてくれるまで。
今までの応酬はまさにそれだった。一護が嫌がれば浦原は食い下がってくるが、しかし本気で嫌だと言えば引き下がってくれる。
「それで、判定は?」
期待のこもった眼差しは熱を帯びていた。タンクトップにかかった指はゆらゆらと揺れていて、まるでスタートの合図を待つかのようだ。
ひとたびうんと頷けば、絶対服従とか言ってはいるけれど目の前の男は獣のように襲いかかってくるに違いない。一護はその瞬間が少しだけ怖かった。
だから浦原の手を握り、そっと深呼吸を繰り返した。
「俺、いつも言ってるんだけど、」
「一護サン」
「頼むから、優しく、してくれ‥‥‥‥、」
浦原は従順に「はい」と答えると優しく一護を押し倒した。しかし次にはもう手荒い仕草で一護の衣服を剥いでいく。一枚二枚、それだけで一護はほとんど裸になってしまった。
「やっぱり夏って好きですよ」
真冬に生まれた男はそう言って、熱い体を押し付けた。