20題の日常恋愛活劇
09
「君達、これは一体どういうことなのかな?」
玄関先に立つのは笑みを称えた藍染。
見慣れたその微笑みに副官達はぎくりと肩を震わせ、そして何とか許してもらおうと愛想笑いをした。
「いえ、ね? ちょっとハジけすぎちゃったっていうかー‥‥‥‥」
「焼酎ロック一杯飲んだだけでもうへべれけになっちまって、」
「飲ませたのかい?」
「まさか!!」
怖い。
今日の藍染隊長は怖い。副官達は目配せして、とっととずらかろうと合図し合った。
「妹二人はなんかお泊まりに行ってるらしくてですね、」
「うちに泊めようかと思ったんですけども、」
「今日は何か藍染隊長と会う約束があるとか、」
修兵、乱菊、恋次の三人は一つの台詞を繋げるように読み上げて、そして最後に「ごめんなさい」と深く深くお辞儀をした。
一護は緊張感溢れるその場で暢気にも眠りこけていた。その幸せそうな寝顔を見て藍染は溜息をつき、仕方無いといった表情で三人を見やった。
「分かった。もう帰りなさい」
「は、はいっ」
良かったお咎め無しだ。
三人三様に喜びを表情に浮かび上がらせると、これ以上邪魔をさせては行けないとばかりに早足で去って行った。
「‥‥‥‥まったく、君って子は」
「うーん‥‥‥‥」
抱き上げると一護はゆるゆると瞼を開いた。どうやら起きたようだ。
顔を覗き込むと、一護は突然笑い出した。
「メガネだ! 何これ変なのアハハ!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
どうやら笑い上戸らしい。
酔っぱらった一護はちっともじっとしていなかった。
「うー‥‥‥イヤだ、眠くない‥‥‥‥」
「いいから。布団に入って横になるんだ」
「ルセーっ、メガネ!」
「分かった、外すから」
普段の三割増口が悪い。藍染は眼鏡を外して部屋の外に這って出ていこうとする一護を捕まえ引き戻した。
「離せよー‥‥‥、風呂、入る、」
「泥酔状態じゃ危険だよ」
「じゃあ一緒に入ろ、‥‥‥‥あぁ、やっぱ駄目だ、あんたこないだ風呂ん中で、俺にすっげえエロいことしたから、駄目ー‥‥‥‥」
「はいはい」
後ろから抱え込むようにして膝の間に入れてやるが、それでも一護は体を捩って逃げようとする。大人しくさせてやろうと、藍染は一護の唇を奪った。
「んぅ、‥‥‥はぁ、‥‥‥んむ、」
酒臭い。
だが色気は上々。とろんとした目や上気した頬、いつもよりも熱い舌は積極的で、自分を誘っているようだった。
今日はこの調子では抱くことはできないと思っていたが、これも中々、と思い藍染が押し倒そうとすれば、途端に一護は顔色を悪くした。
「っう、気持ちワル、‥‥‥‥‥俺、デキたかも」
その台詞にがくりと藍染は項垂れる。
「つい先日、月のものが終わったばかりだろう‥‥‥‥‥」
普段の一護に比べてどうもおかしな具合に螺子が外れているようだ。
「飲めない酒なんて飲むんじゃない」
少し怒った口調で言うものの、一護はまったく聞いていなかった。藍染に抱きついて「ニニんが五!」なんて叫んで背中をばしばし叩いている。
色気も雰囲気もすべて台無しだ。せっかく二人で過ごせる日が、なんてことだと藍染は天井を見上げ諦観混じりに溜息をついた。
「うぅー‥‥‥浦原の、バカヤロゥ‥‥‥」
「あの変態がどうしたって?」
一護の意識はもうほとんどない。寝言のような台詞だったが、藍染は鋭く反応し、半分眠りかけた一護を少々乱暴に揺り起こした。
「揺れる、吐きそ、」
「あいつに何かされたのか?」
「何? ナニ?」
一護は何をされたのか呂律が回らない舌で話しだす。
「あいつ、俺の精巧な義骸作るとか、言ってー‥‥‥‥」
「それで?」
「ディテールがどうとか、えぇと、何だっけ、中? ナカもちゃんと作りたいから脱げとか何とか、」
最後のほうはむにゃむにゃと何を言っているのか分からなかったけれど、藍染には十分だった。人の恋人を捕まえての変態行為、頭が痛くなる。
「あいつって黙って一ミクロンも動かなきゃ、カッコいいのになぁー‥‥‥‥」
素面ならば絶対に言わないような台詞だ。けれどおそらく本心なのだろう、酒の勢いで今の一護ならば何でもすんなりと喋ってしまう。
「ギンには何もされてないかい?」
「ギン? あいつはぁ、」
この期に奴らの悪行をすべて聞き出しておこう。一護は何かされてもあまり藍染に告げ口しないので、ちょっかいを出すほうとしてはこれほどやりやすい相手はいない。
「惣右介さんのどこがいいとか聞いてきてぇ、だから俺言ってやったの、」
「何を?」
「ちょっとだけど、親父に似てるとこが好きかも、なぁんつってー‥‥‥‥」
けらけらと軽快に笑う一護に、藍染は怪訝な表情をした。
「似ているのかい?」
「親父はねー、ゴリラにすっげえ似てんの!」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
ゴリラは瀞霊廷にはいないが、それが何なのかは藍染は知っている。
少しショックを受けたように呆然としていると、そんな藍染を無視して一護はぺらぺらと父親について語りだす。
「親父はさ、なんであの顔で母さんみたいな美人をゲットできたか分かるー?」
「‥‥‥‥いや、」
一護の父親は見たことがない。けれど娘が言うのだ、本当にゴリラに似ているのだろう。
そんなのに似ていると言われて微妙どころか激しく落ち込む。これならギンに狸と言われるほうがまだマシだった。
「中身はさーすっげえ優しかったから、あったかくて器がでかくて、家族想いで、‥‥‥‥そうそう本物のゴリラもあの厳ついナリして心優しいみたいな、森のなんだっけ、変人か賢人か、なんかそんな感じでさ‥‥‥‥、親父は外も中もまさしくゴリラなんだよ、」
親の話をほとんどしない一護がこうも饒舌に語るのは珍しい。酔っぱらってはいるが、その目には父への愛情が容易に伺い知れた。
「惣右介さんはー、見た目が優しそーだけど、中身は凶暴で陰険で鬼畜で自分勝手だろー、そうゆう見かけによらないところがなんか親父と似てるって思った、」
言い終わって一護は少しも動かない藍染の顔を覗き込んだ。無表情のそれを、一護はぺちぺちと叩く。
「あー怒ってる? 怒っちゃってんの? 何で? 俺すっげえ褒めたんだけど」
「今ので?」
低く恐ろしい声音だが、酔っぱらった一護に敵はいない。
へらへらと笑って戯れに顔中に唇を押し当ててくる。
「褒めてる褒めてる。俺ね、そんなあんたにエロいことされてーって思ってんの、あんただけ、分かる?」
両手で包み込んで一護は潤んだ目で問いかけるように首を傾げる。表情はいつもよりも緩んでいて屈託が無い。眉間に刻まれた皺は、今は一つも無かった。
「いつもイヤとかダメとか言ってるけど、それは照れなの恥じらいなの、そこんとこちゃんと分かってんのかコラ」
緩んだ表情から一点、険しいものへと変わる。酒の力は恐ろしい。一護の次にくる行動や言動がまったく予想できない。
「分かってる。君は素直じゃないからね、想いとは別の言葉を言うってことくらいちゃんと知ってるよ」
「おぅ、分かりゃーいいの」
またへにゃりと笑って一護は藍染に抱きついた。抱きしめ返した藍染は、その直後に首の後ろの痛みに顔をしかめた。
「こら、噛むんじゃないよ」
「むー‥‥‥‥‥‥‥塩味」
今度はぺろりと舐められた。
「積極的なのは嬉しいけどね、」
酒で高まった体温は心地良い。情事の最中のようなそれに、煽られた藍染は同じく一護の首に噛みついた。
「ぅあっ、痛えよバカ!」
頭を叩かれた。酔っぱらいは世界の中心にでもいると錯覚しているのか、今の一護は暴君のように振る舞う。
懲らしめてやろうと何度も何度も甘噛みすると、藍染の耳には一護の気持ち良さそうな声が聞こえてきた。
くすくすと吐息だけで笑い、藍染は息を吹きかけ一護を翻弄した。
可愛い、無防備だ。
これが獣同士だとすれば、一護は完全に藍染に降伏していることになる。
最初の歯形に唇を寄せて、吸い上げれば赤い所有の印ができた。
「一護」
呼びかければ顔を真っ赤にさせた一護が緩慢な動作で視線を合わせた。力は抜けきっていて、あれほど威勢の良かった態度は形を潜めていた。
「気分は?」
「なんかふわふわする」
「大丈夫そうだね」
弛緩した体を抱き込んで、そっと布団の上に下ろした。
「ダメ、イヤ」
そう言われても藍染にやめる気は無い。
それに恥じらいなのだと言ったばかりではないか。
帯を解いて裾を割ると、一護は涙声にも似た声で先に謝ってきた。
「吐いたらごめんなさい」
それにぷっと吹き出して、藍染は優しく抱こうとその身を寄せた。