20題の日常恋愛活劇

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 日頃から一護を食っちまいてえとか押し倒してあんあん言わせてえとかあの死覇装の下はどうなってんのかなとか健全な男子なら考えるだろそうだろ俺はちっとも悪くない。
 けれど結局は想像の域。妄想したり夢で見たりしても本物には適わない。
 ちなみに女とは散々付き合ってやることやってきたが告白なんてしたことはない。されたことはあるが自分から思いを伝えることなんて一度たりとも無かった。今思えば本気の恋を経験したことが無かったのだ。黙って立ってりゃ女は来る。それを言い方は悪いが適当に捌いていった結果が今の俺という訳だ。最低だな、俺。
 そう、自分ってなんて最低なんだと思ったのは一護がきっかけだった。一護に恋してると気付いた瞬間、”ん? あれ? 恋って何だっけ?”と素で分からなかった自分は今でも殺してやりたいほど恥ずかしい。むしろ消したい。消えてくれ、昔の俺。
 そして一日悶えた結果開き直った。
 一護が初恋、これでよし。過去は忘れよう、それでよし。
 恋してしまったんだと分かってからの俺は随分と浮かれていたらしい。東仙隊長からは常に意味深な微笑を送られていたし後輩の恋次や吉良からは変な生き物でも見るかのような目で見られていた。綾瀬川の嫌味も軽く流せた俺は人生で最高にフワフワと浮かれまくっていたのだ。

 一護にフられるまでは!

 結構親密になってから想いを告げた。そしたら一護の奴、「えっ、あ、そう、ふーん‥‥‥‥ごめんなさい」でお辞儀九十度、そして去っていった。
 俺が思うに驚いて戸惑ってたのは最初の”えっ”だけだ。次にはもう冷静さを取り戻してたように思う。なんて奴だ。
 こっちが恋愛初心者ならあっちも恋愛初心者、いや一護のほうが数倍ひどい。恋を食べ物かなんかだと思っているに違いない。
 俺がわざわざいい雰囲気作っても”何か空気変じゃね?”ときたもんだ。信じられない、空気読め!
 どれだけいい方へいい方へ持っていこうとしても一護はするりと躱してしまう。最初はワザとかと思っていたがそれは違った。一護はまったくもって分かっていなかったのだ。
 いい加減俺もキレてくる。だから東仙隊長いわく力技に出ることにした。
 まずは軽く手を握ってやった。そしたら「っうわ!」て叫ばれ振り払われた。ちなみに「っうわ!」は突然目の前横切った虫に対しての「っうわ!」と非常に似ていた気がするがそれは気のせいだ。
 次に距離を縮めて話してみた。そしたら「ちょ、その69を間近で見るのなんかすごく抵抗ある」と言われた。落ち込む。
 そして後ろから抱きつけば腹に肘打ちされたしケツを撫でたら後ろ蹴りが飛んできた。胸触ったときは首を絞め上げられて本気で殺されるかと覚悟したが、触ったときの柔らかいような固いような何とも言えねえ良さげな感触と一護の可愛すぎる反応に死んでも本望だと俺は思った。
 まあ腐っても俺は副隊長なので一護の攻撃なんて結構簡単に避けていた。そうすれば一護はむっと唇を突き出して不満を露にするのだ。そのつんと尖った唇に、ちゅっと口付けたら一護は最初ぽかんとして、それからぷるぷる震えて泣きだした。
 ファーストキスだったらしい。‥‥‥‥すまん、でも嬉しいやったね俺。
 それにしても一護の泣き顔はたまんねえと俺は思う。親父みたいな言い方だがいやホント、たまんねえんだこれが。
 眉間に皺をぎゅっと寄せて始めは涙を必死にこらえてる。唇もぎゅっと噛み締めていて、それを見るともう一度ちゅっとやりたくなってしまう。
 涙が零れる前に一護は背を向けてどっか行こうとするんだがそれを引き止める俺。必死に謝っても一護は無視してずんずん歩き続けている。顔を押さえる手の端から水がぽろぽろと落ちてきても一護は一言も喋らなかった。
「‥‥‥‥あーーー、その、悪かった。‥‥‥‥ごめん」
「‥‥‥‥‥‥」
 すたすたと歩く一護は顔を上げるどころかこちらを見ようともしない。これはヤバい。本気で嫌われた?
「一護、一護?」
 体を折り曲げて下から顔を覗き込もうとしても一護は顔を背けて俺を無視し続ける。
「なあ、こっち見ろよ」
 顔を隠す手を引き剥がそうとしたら叩き落とされた。
「‥‥‥‥‥痛ってえ」
 何も喋らずこちらを見ない一護は初めてだった。本気で怒らせたのだと遅まきながら気がついた。
 そりゃそうだろう。好きでもなんでもない男に唇奪われたらそりゃショックだ。昔の俺は好きでもなんでもない女と簡単に唇合わせてた訳だが今は違う。口付けたいと思うのは一護の紅なんて塗っていない素の唇だけだ。
 だからこそ一護がこれほどまでに怒る理由はつまりは自分なんて眼中に無いということだと分かってしまった。
「うわ、それは落ち込む‥‥‥‥」
 内心の葛藤に声を出して突っ込んだら一護の足がぴたりと止まった。
「落ち込むのはこっちのほうだ‥‥‥‥!」
 泣いて腫らした赤い痕に口付けたいと思った俺は、つくづく反省の足りない奴だ。
「だから、ごめん」
「謝って済むか! よりによってあんたに奪われるなんて!」
 ここで怒らずにただひたすらに謝れば一護も許してくれたんじゃないかと俺は後で思った訳だが、後悔先に立たずってほんとこのことだった。
「あぁ? なんだよっ、よりによって俺って! 志波さんなら良かったのか!?」
「なぁっ、なんでっ、海燕さんが出てくるんだよっ」
 真っ赤な顔して一護が言い返してきた。耳まで真っ赤。ムカつく。
「海燕さん海燕さんて、いっつも後ろ付いてってるだろ! ひよこかテメーは!」
 ひよこみたいなオレンジ色の頭をぱしっと叩いてやったら一護は増々顔を赤くさせて睨みつけてきた。拳を握っているがそれを突き出してきたら掴んで引き寄せてもっかいちゅーしてやる。今度は舌入れてやるからな。
「バカかあんたは! 俺は別に海燕さんとどうこうなりたいとか思ってねえよ!」
「ああそうかよ俺はお前とどうこうなりたいんだよ悪いか!」
 もっかいちゅーさせろ!
 つーかヤらせろ!
 死覇装なんか脱いで俺に全部見せろよバカ!

「ぜっっっっっったい、嫌だ!」

 あらん限りの声量で拒否された俺。
 心に、ヒビが入った。
「お、お前、泣くぞっ、泣いてやるっ」
「泣け!」
「信じらんねえよっ、少しは、ほだされろよ!」
 そのときの俺の顔はマジで泣きそうだったらしい。一護がびっくりしたように目を見開いて”え!”と小さく声を上げていた。
「修兵、さん?」
 俺は一護と同じように情けない顔を見られたくなくてくるりと背を向けた。
 涙はまだ出ていない。でも目の奥が痛い。
 一護、好きだ。好きなんだよ。
「修兵さん? え、嘘、泣いてんの?」
 なんだよその焦った声。自分こそさっきまで泣いてたくせに。
 今度は俺が一護を無視してやった。片手で顔を隠してひたすら無言でいてやった。
「な、なんであんたが泣くんだよ、なぁ、こっち見ろよ、」
 慌てた声だ。俺の腕に手を置いて顔を覗き込もうとしてくる。さっきと逆で、俺にとっては嬉しいことだ。
「修兵さん、修兵さんっ」
 一護が俺の名前を呼んでいる。何度も何度も。
「‥‥‥‥言い過ぎた。‥‥‥‥‥‥ごめん、なさい」
 渋々謝る一護の姿。少し不満なのだろう、唇がつんと突き出していた。
 この悪魔め! 実は分かっててやってるだろ!
 思わず伸びそうになった手を俺は必死に押しとどめた。
「‥‥‥‥修兵さん」
 空いていた片手を両手で握られた。くそ、ほんと可愛いなコイツ。
「もう俺怒ってねえから、だから顔見せろよ」
「嘘だ」
「嘘じゃねえって」
「もっかいしたら怒るくせに」
「そりゃ怒るだろ」
「‥‥‥‥‥っぅう」
 泣いてやった。演技だけど。
「泣くなって! あんた本当に副隊長か!?」
 副隊長だ。でも泣く。泣くときは泣くんだよ。
 お前が俺のこと好きになってくれてちゅーさせてくれて押し倒しても嫌がらなかったら俺はきっと嬉しくて泣いちまうよ、きっと。
「‥‥‥信じらんねえ。最初のクールな檜佐木副隊長はどこに行ったんだよ」
 そいつは死んだ。
 お前を好きになった瞬間に死んだんだよ。
「‥‥‥‥‥‥一回も二回も同じか」
 今なんつった?
 一回も二回も同じ。
 もしや、それは、
「一、護?」
「早くしろよ。誰か来るかもしれないだろ」
 指の隙間から様子を伺ったら一護は辺りをきょろきょろと見回していた。
 いいのか、いいのか?
「早くっ」
 その一言に俺の心臓が撃ち抜かれたって言ってもお前には分かんないんだろうな、一護。
「っあ、‥‥‥んっ、」
 というわけで遠慮なくちゅーさせてもらった。最初の一回ではよく分からなかったけど一護の唇は想像していたよりもずっと柔らかかった。それに感動している俺は今まで何をもって女と付き合っているなどとほざいていたのだろうか、こんなにも可愛い唇がこの世にあったというのに。
 だからもう馬鹿みたいにぐいぐいと押し付けてその柔らかさを実感した。本当はもっとうまく出来る筈なのにそのときだけは少しもうまくいかなかった。一護が苦しげに息をしようとしているのと同じように俺も息苦しかった。
「‥‥‥‥はぁ、おしまい、」
 その顔エロすぎる。
「二回も三回も同じだろ」
「あ? ぅおいっ、待てっ、」
 待てなんて言われて待つのは忠犬だけだ。俺は言うこときかせられるよりもきかせたい。
 ちゅーしたいって言ったらお前にうん、て言ってほしいんだよ。
「一護、口、開けろ」
「やだっ、て、」
「嫌とか言うな。泣いちまいそうだ」
 ”嫌”も、”キライ”も聞きたくない。
 ”好き”とか”修兵さん”とかそういうのだけでいいんだよ。
「一護、好きだ。後でいくらでも殴っていいから、だから、」
「ん、ん、」
 一護の舌は臆病だった。奥へ奥へと逃げ惑う。
 だから捕まえて逃げられないよう絡めとる。一護の体も腕で囲って絡めとる。
「ごめんな、一護、もっかい、」
 もうこうなったら十回も二十回も同じだと思う訳だよ。好きも嫌いも関係ねえんだ。こうして唇くっつけちまえば俺達一つだろ。つまりは同じだ、違うか?
「ちくしょう、好きなんだよ、」
 好きなんだ。
 一護、お前だけだ。
 お前だけが、俺を殺せてしまうんだ。










 いくらでも殴っていいと言った通り、一護は俺を殴った。それも顔面にグーパンチだ。
 でも俺の唾液で唇べとべとにしてるもんだから顔の痛みよりも別のところが痛みを訴えたと言ったらまた殴られるな。
「な、またしような」
「しねえよ!」
 だから唇濡れてる。
 色っぺえな。顔はまだまだ幼いくせにそれは反則レッドカードだ。二人でそこの茂みの裏にでも退場しちまいてえくらいだよ。
「一護」
「‥‥‥‥っ」
 不意打ちで重ねた。次の瞬間火花が散った。
「東仙隊長に言いつけてやる!!」
 痛い。鼻血出た。
 指先で拭った血を眺め、俺が思ったことといえば。
「‥‥‥‥ごめん、一護」
 やっぱ最初は血出るってほんとかな、だった。

 ほんとにごめん。


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