20題の日常恋愛活劇

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 一護が風邪をひいたらしい。
「ふえっ‥‥‥‥‥くしょい! ‥‥‥っあぁーちくしょう」
 ひいたらしい、でなくてひいたな、確実に。あんなに色気の無いくしゃみは初めてだ。
「なんだよ」
「別に。つかお前、手で押さえろよ」
 仮にも女だろ。それがお前、ちくしょうって。
「いんだよ、俺はこれで」
「よくねえよ!」
 俺としては口で押さえて、そんでもって押さえきれない声が漏れてほしいと思うんだよ。”くちんっ”て可愛くくしゃみをしてくれたら言うこと無いんだけどな!
「そんなオッサンみたいなくしゃみは嫌だ」
「あぁ、そう」
 その興味ない、って顔はやめろ。もっと会話のキャッチボールをしようぜ。好き、うん俺も、みたいなよ。
 でも一護は本当に興味が無いらしい。必死なのは俺だけだ、ちくしょう。
「ちょっとそこどけよ。通れないし、邪魔だ」
「なんだよ、なんか冷たい」
「冷たくしてるんだ。どけ、檜佐木。‥‥‥‥副隊長」
 最後のは仕方なく、という感じがひしひしと伝わってきた。これは怒ってるな。絶対怒ってる。
 先日の、あのちゅーに。
「ごめんって謝ったのに」
 そしたら一護は”け!”と笑った。なんか荒んできてるな。
「俺はな、悟ったんだよ」
「は?」
 お前、その歳でもう悟りを開いちまったのかよ。あの東仙隊長でさえも悟りにはまだほど遠いとか言って、のほのほと茶啜ってんのに。
「俺が甘かった。もうあんたに対して気を抜かないことにしたんだ」
「な」
 なんてこった。リメンバー警戒心だ。こいつは、元々猫みたいに警戒心の強い奴だった。
 それを少しずつ少しずつ解いていって、やっとちゅーできるまでになったのに。もちろんちゅーは俺が一方的にだけど。
「おら、近寄んな。さっさと壁に寄れ、ノロマが」
「なん、お前、」
 コレは本当に一護か?
 俺がボケてる間に、一護らしき人物は去って行ってしまった。








「嫌われたっ、マジで、今回はヤバい!」
「ざまあみろ」
「阿近! なんかこう、時間を戻せるやつ無えのかよ!? そこの机の引き出しとか、駄目か!?」
「試してみろ」
 そう言われて俺は机に近づくと、
「んなもん無えに決まってんだろ!!」
 蹴ってやった。タイムマシンとか、いくらなんでもある訳無えって。
 そしたら間髪入れずに銀色の光が俺の頬を掠めて壁に突き立った。あっぶねえ。
「出て行け。それとその壊した机の請求書、お前の隊に送っておくからな」
「なんだよっ、お前頭いいんだろ、なんか為になるアイテム寄越せよ!」
 こいつは本当に鬼だ。俺がこんなに困っているというのに、優しい言葉どころかメスを投げつけてきやがるなんて。
 その阿近は煙草を取り出すと吸い出した。煙い。
「お前は完全に嫌われた。となるとすることは一つ。諦めろ」
 ぶわーと排煙を吹きかけられた。濃い、こいつ重いの吸ってんな。
「一護は俺に任せろ。処女を奪ったときの感想くらいは聞かせてやる」
「ふっざけんな! 一護の処女は俺がいただくってもう決まってんだよっ」
 あの死覇装を脱がすのは俺だ。そんでもって小っちゃいであろう一護の胸とご対面するのはこの俺なんだよ。
「それは無いな」
「あぁ!?」
 その顔ムカつく。煙草片手ににやりと笑う阿近の顔は、まさしく鬼だった。
「俺の優秀な頭が言ってるんだ。お前に一護をどうこうできはしないとな」
 確かに阿近は賢い。
 けどな、だからってはいそうですかと頷けるほど俺は馬鹿じゃねえんだよ
「うるせーインテリ! てめえら科学者とかいう奴らはどうせ確率とか円周率とかで人間関係測ってんだろ!」
「円周率を使ってどうする。本当に馬鹿だなお前」
 ああそうだよどうせ俺は馬鹿だよ。統学院の試験に一回落ちたよチクショウめ。
 けどなっ、馬鹿な俺は俺なりに一護のことを真剣に想ってんだ。ちゅーしてえとか抱きてえとかそんなことばかり考えてるように勘違いされてるけど違うんだよ。本当は一護が俺のこと好きになってくれたら、そういうのは二の次でいいんだ。二の次‥‥‥‥いや、これは言い過ぎか。一に限りなく近い二、ってことで。
「俺はっ、マジであいつに惚れてんだ!」
「何を今さら。俺だってそうだ」
「俺の方が惚れてんの! 好きなんだよ!」
「物量的には変わらんと思うがな。そもそも、形の無いものを測るのは難しい」
 二本目を吸おうとする阿近の手から俺は煙草を奪い取って乱暴に口へと運んだ。やっぱり重い。けど今の俺はそういうのを吸いたい気分だったので、思い切り吸い込んで肺に溜めた。
「はぁーぁあ! ちっくしょう!」
「こちらに吹きかけるな」
 自分はそうしたくせに。俺はもうすぱすぱと吸っては吐いてを繰り返した。
 二人が二人、煙草を吸うものだから部屋は白い煙で充満していった。そんな中で、俺の目についたのは薬品の調合に関する資料だった。
「‥‥‥‥惚れ薬とか、」
「何だお前、そんなものが欲しいのか」
「違えよ。惚れ薬とか、そういうの使った奴、何考えてたんだろうなって思ったんだよ」
 本当は愛されてなんかないのに、それなのに愛してるって言われても虚しいだけだろ。
 相手の心騙して、自分の心も騙して、一体何が幸せなんだよ。
「だが目の前にあってみろ。お前は悩まないか」
「んなこと、」
「無いか、本当に? 使ってみたいと思わないか。あいつが自分だけしか見ない、自分だけにしか心を寄せない。頼めば何でも言うことを聞いてくれる」
 そう言われて、馬鹿な俺は考えてしまった。一護が俺だけに。
 けど虚しい、悲しいって最後には思ってしまった。だって嘘なんだ。全部嘘で成り立ってんだって分かってしまったら、全部が全部、霞がかって消えていった。
「くっだらねえ」
「同感だ」
 二人して笑った。そうだ、くだらない。
 そもそもあの一護が何でも言うこと聞いてくれるなんてあり得ない。
「俺としてはじゃじゃ馬な一護を乗りこなす過程を楽しみたいっつーか」
「俺はあいつになら乗られてもいい」
「それいいな」
 男二人が顔を会わせれば所詮はこういう会話に行き着くんだよな。一護の奴は、阿近が冷静で皮肉屋で他人にはあまり興味が無いとでも思ってるみたいだけど、それにプラスしてこいつはイヤラシい奴なんだ。ムッツリってやつだな。
 そして嫌なことに好きになる女の趣味も一緒だった。正確には俺と阿近、付き合う女は面倒にならない大人の女が経験上は多かった。それなのに、二人して一護というお子様に方向転換してしまったんだ。
「一護の唇、柔らかかったなー」
「そうだな。唇も小さかったが、舌も小さかった」
「ぅおおーい! 何でテメーが知ってんだ!?」
 俺はあれだ、少々強引にことに及んだ訳だが、この阿近が一護のあの可愛い唇とか舌の味を知っている筈が無い。
「眠っている隙にな」
「最低だぞお前!」
 人のことは言えない俺だが敢えて言わせてもらう。
 寝込みを襲うとは何事だ羨ましい!
「俺が思うにあいつの胸は揉んでもそれほど大きくはならんと思うぞ。そもそも揉めば大きくなるという通説は科学者の立場から言わせてもらうと正しいとは言えないな。女性ホルモンの分泌によって大きくなるということは正しいが、それはほんの些細なものだ」
「っむ、胸、触ったのか?」
「眠っていたからな。どんなものかと少し」
 なんちゅう羨ましいことをっ。いや、俺も触ったことには触ったけど一瞬だ、一瞬。
「まあ大きさはどうでもいい。肝心なのは敏感かどうかだ。期待通り、少し揉んだだけで感じていた」
「マジかよ!」
 俺が触ったときは首締められて、一護の反応とかそういうのは分からなかった。けど感じたのか、胸触られて感じたのか一護。
「目が覚めて死覇装が乱れていても俺のことを疑いもしなかったな。唇の周りが濡れているというのに、自分でよだれを零したと勘違いして顔を真っ赤にさせていた。可愛い奴だ」
「てんめえ、」
 俺だったら即効疑われて拳を見舞われてたぞ。なんだこの違い。
「お前はきっと明け透けに過ぎるんだ。もっと秘めるということを覚えろ」
「んなのっ、らしくねーよ」
 それに好きなのに隠してどうすんだ。好きなんだから好きって言って何が悪いんだよ。
 恥ずかしがって格好付けて、気付いたら一護を奪われてたなんてそれこそ馬鹿だろ。
「好きだと言われれば誰でも構えてしまう。だから俺はじわじわと追いつめて気付けば逃げられない状態に追い込む算段だ。だから今は隠している」
「てめえらしい戦法だな」
「どうも」
 褒めちゃいない。しかし一護がうっかり嵌らないか心配だった。
「まあ邪魔者が一人減った訳だ」
「それは、俺のこと言ってんのか」
 阿近が笑った。細く煙を吐き出して、それが籠る様を見て俺の胸の中も籠っていく。煙が、想いと一緒に籠って混ざって焦りに変わる。
「じゃーな」
「もう行くのか」
「出てけって言ったのお前だろ。まずい煙草吸わせやがって」
 きっと体は煙草臭い。一護が顔をしかめる様子が容易に思い浮かんだけれど、今すぐに会いにいかずにはいられなかった。
「そうか。じゃあとっとと行って、完全に縁を切られてこい」
 その嫌味を俺は応援の言葉へと無理矢理に変換して、煙たい部屋から外へ出た。








 行くなら十三番隊だ。けど一護とは隊舎に着く前に会うことができた。
「おい、大丈夫か」
 一護は壁に寄りかかって荒い息をついていた。
 そういえば風邪ひいてたな。焦点が定まってない一護の目は、最初俺が誰だか分かっていないみたいだった。
「修兵、さん?」
「あぁ。ったく、そんなになるまで何してんだよ」
 呆れた奴だ。きっと我慢して悪化したに違いない。
「ほら、四番隊に連れてってやるから、掴まれ」
 一護は差し出された俺の手を掴んで、そして離した。
「いいっ、いらない、」
「バっカお前、意地張ってる場合か」
 もう一度手を差し伸べればばしっと弾かれた。一護は熱で赤くなった顔を苦しそうに歪めて、俺を散々罵倒した。

「行けよっ、俺に触んな!」
「大っキライだっ、あんたなんか、」
「顔なんて見たくない、もう二度と俺に」

 血が上った。
 黙れよ。
「黙れ」
「っ、い、ってぇ」
 胸ぐら掴んで壁に押し付けた。落ち着けって頭の隅で声がしたけどもう遅い、気付けば思い切り唇をぶつけていた。
「やめっ、」
「黙れって言ってんだろ!」
 黙れ黙れ黙れ!
 何も言うな。俺のこと拒絶する言葉なんて言ってみろ。その舌噛み切ってやる。
「う、痛、」
 血の味がした。一護の血だ。
 涙もこぼして一護は苦しそうに咳き込んだ。けどやめてなんかやらない。もっと苦しくなればいい。
 俺の苦しみ、少しは味わえ。
「さい、て、」
「お前もな」
「なんでだよっ、」
 馬鹿。お前に惚れてる男がどれだけいると思ってんだ。
 俺も、阿近も、他の奴も。お前に惚れて惚れて惚れ抜いてんだ。お前の為なら全部投げ出してもいいって思ってんだ気付けよ馬鹿。
「無視すんな。無いみたいに、扱うなよ。俺のこと、少しでいい、ちゃんと見ろよ」
 秘めろとか何とか、そんなことできるか。こいつは言っても分かんねえ奴なのに。
「分かんねえよ、そんなのっ、」
「ガキのふりすんな、これが何か分かんねえ訳無えだろ」
 唇舐めて、阿近が感じると言っていた一護の胸を死覇装の上から掌に納めた。案の定一護は息を詰め、体を捩って俺を罵倒した。
「最低っ、死ね!」
「死ぬかよっ、てめえの処女奪うまではぜってえ死なねえ!」
 叫んで言ったら一護は大きく目を見開いた。それから更なる罵倒の言葉を浴びせかけようと口を開いた直後に、くらりと傾いで俺の胸に倒れ込んできた。
「おいっ、」
「触んな、バカヤロー、」
 限界らしい。ある意味俺も限界だけど、一護はもう立ってもいられない。
「なんだよあんた、勝手なこと言って、好きなことばっかして、俺のことも、考えろよ、」
 考えていなかった。
 そんな余裕、もう無いんだよ。
「俺は、誰の世話にもなんねえよ、」
「あ、あぁ?」
 ‥‥‥‥‥世話になるって、何だそれ!
「世話ってお前、何のことだよ」
「好きって、世話してやるって、ことだろ、」
「っば」
 馬鹿だコイツ!
 恋って、好きって、そうじゃねえだろ馬鹿! この大馬鹿!
「誰がそんなこと言った!」
「だって、」
「好きっていうのはなぁ、好きっていうのは、」
 ‥‥‥‥なんだ?
 好きって何だよ、あぁもういいや。
「好きは好き! それだけだ! 世話してやるとか面倒見てやるとかそういうのは別だっ、まず最初に好きっ、これだけだっ、分かったか馬鹿!!」
「うるさいぃ、」
「煩くても聞け! 俺が好きって言うのはお前が好きだからなんだよっ、世話してやるとかそういう偉そうなことは考えてねえよ! 俺はなぁ、お前とエロいことしてえとかそういう健全なことしか考えてねえんだよ!」
 どこが健全、と思ったがそういうツッコミは後だ後。
「愛し合いたいんだ。おい一護、愛ってまさか、知らねえとか言うなよ」
「知ってる、」
 それは良かった。
 でも愛は知ってて、なんで好きは分かってねえんだコイツ。
「だったら一護、少しは俺のこと」
「ムリ、」
 おい、それは結構傷つくぞ。
「ムリだって、そんなの俺、ムリだ、」
「無理じゃねえ」
「死んだらどうするんだよ、死神やってたら、いつか、」
「俺は死なねえぞ。お前が俺のこと好きになってくれたら、生首になってでも帰ってきてやる」
「‥‥‥‥‥‥気持ち悪」
「おい!」
 そこは感動するところだろーがよ!
 こいつは本当に空気の読めない奴だと再確認してしまった。この場面で、この雰囲気で、それは無いだろこのクソガキめ。
「だって、あんたは死ななくても俺は、弱っちいし、」
「お前が死んだら俺も死んでやる」
 これは結構本気だ。けど一護は子供みたいに泣き始めてしまった。
「いい迷惑っ、」
「お前な、」
「死ぬなよ、なんであんたまで死ぬんだよっ、」
 熱のせいか一護はひんひん泣いて止まらない。なんでそんなに泣くんだよ。
「馬鹿じゃねぇの、俺の為とか、言ってんなよっ」
 そう言って見上げてくる一護の姿に、俺もどうしてか泣きそうになった。惚れた女が死ぬなって言って泣いてくれている、それだけで俺の心は歓喜していた。
 今の一護は色気も何も無い泣き方だけど、俺はそんな一護が何よりも可愛いと思うんだ。
「分かった死なねえよ。お前も、死ぬなよ」
「ん、‥‥ぅん、」
「一護、好きだ」
「ん、」
「今はそれでいいや。それだけ、知っといてくれ」
「ん」
 こくこくと頷く一護はやっぱり子供みたいだった。それでも好いた女には変わらない。
 男みたいにがさつで口が悪くてついでにガキ、どこに惚れたのかと言えばそれは正直分からない。けど恋ってやつは気付けばそこにあるんだよ、といつか東仙隊長が言ってた言葉を思い出した。
「一護」
 気付けばそこにいた。
 あぁ、やっぱりこれは恋だと俺は思って、恋しい女に口付けた。

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