20題の日常恋愛活劇

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 樹々のざわめく音に似た雨音で浮竹は眠りから覚めた。
 周りは池だ。無数の雫が降り注ぐことによって発生する不思議な共鳴音が障子越しから響いていた。
 浮竹は目を一度開け、そして再び閉じた。二度寝しようと寝返りを打てば、くぐもった声が自分の体の上から聞こえてきて、それにぴしりと固まった。
 馴染みになった重さが自分にのしかかっていることに今この瞬間気がついた。己の手が触れているのは自分以外の肌で、それを撫でると体の上に乗った何かが反応した。
 恐る恐る目を開け、視線を下へとずらす。見えたオレンジ色に、「やってしまった」と思わず自分の額を叩いた。
 昨日は京楽と調子に乗って酒盛りをしたのだ。そのとき仕事を持って部屋へと入ってきた一護にご機嫌で挨拶をして、そこからの記憶が無い。
 横に視線をずらすと二人分の死覇装が散乱していた。そしてなぜか腰紐が部屋の隅に置かれている生け花に引っかかっていた。おそらく一護のものだろう、自分が奪い取り投げたに違いない。それにしてよくあれだけ飛んだものだと自分でも感心してしまった。
「一護」
 小さな声で呼んでみる。起こすつもりは無かった。
 けれどふとした瞬間、その名を呼びたくなるときがあるのだ。
 案の定一護は微動だにせず、すうすうと静かな寝息を立てていた。その額や二人が触れ合う肌には薄らと汗が浮かんでいた。湿気の多い時期に一緒の布団で寝ていれば当然だったが、離れようとは思わない。一護は夏が近づくと暑いからと言ってあまり肌を合わせてくれないのだ。そういうときは少々強引にことを運ぶのだが、後で思い切り恨まれる。
 きっと目を覚ませば一護の怨み節を聞くハメになるのだろう。こういう情事の後は甘い会話を交わすものだと思うのだが、一護にはそういう男女の約束事にはとことん疎かった。
「一護、怒らないでくれ」
 その声に一護はぴくりと肩を揺らして身を捩る。少し変わった体の位置のせいで、一護のささやかな胸が自分の胸板で押しつぶされているのが視界に入り、体が疼くのを感じてしまう。
 一護の体はまだまだ未発達で、初めて胸に触れたときは痛いと叫び、真っ赤な顔をして逃げられてしまった。すべてを暴いたときは怖いと言われて暴れられたし、体を押し開いたときはそれはもう盛大に泣かれた。けれどそれに自分は欲情したのだ。
 可哀想な一護。
 もっと似合いの男はいるだろうに、こんな年寄りに捕まってしまった。
 二人の関係を知る親友からは倒錯的だと揶揄されたが、否定はできない。自分に比べて遥かに幼い一護に性欲を感じる自分は本当におかしいと一時期悩んだこともある。けれど開き直ってしまえば後はもう坂を転がり落ちるようだった。一護を道連れに、どこまでも落ちていこうと決めていた。
 巻き込まれた形となった一護には心底同情するが、俺で勘弁してくれと何度も心の中で謝った。一護の幸せを考えるのならもっと丈夫で健康な男が望ましいのだろうが、それはできない。決して。
 ときどき考えることがある。
 自分が先に死んだら、一護はどうするだろうかと。
 誰か他の男のものになってしまうだろうか。よく先逝く夫が妻に幸せになってくれと言うが、自分にはとてもじゃないがそんな心の広いことはできそうに無い。
「一護、一護、」
 誰のものにもなるな。
 他の男に触れさせるな。
 自分が死んだら、後を追ってほしい。
「俺だけのものだ」
 誰にもやらない。

 死ぬときは、一緒に連れていってしまおうか。







「疲れた、股が痛い、汗が気持ちワルい、お腹空いた!」
「食事と風呂、どっちにする?」
「風呂」
「沸かしてくる」
 甲斐甲斐しく世話を焼く浮竹に、当然とばかりに一護はふんぞり返って我が儘を言い放題だ。今は公私の内の私のほうで、だからこんな真似ができる。これがひとたび公になれば一護は浮竹が寂しがるほどに上司と部下の関係を徹底するのだ。
 一護は素肌に浮竹の白い羽織を纏い、布団に寝転んだ。自分の襦袢を纏わないのは、この格好を浮竹が好むからだ。スケベ親父と悪態をつくものの、これくらいのサービスはしてやることにしていた。
 枕を抱いて微睡んでいると背後から大きな手が羽織の中に入ってきた。自分の小さな胸をまるで宝物でも扱うように、優しく撫でては揉んでくる。不埒なその手を抓ってやれば、お返しとばかりに胸の先端を摘まれた。
「ぎゃん!」
「もっと可愛い声が聞きたいな」
 そう言って今度は下半身に触れてくる手を一護はばしばしと叩いて、挙げ句に引っ掻いた。
「酔ってあれだけやったのにまだするのかよ」
「残念なことに記憶が無い」
 どこかの政治家のような台詞を吐いて、浮竹は睨みつけてくる一護に満面の笑みを浮かべた。
「愛してるぞ、一護。だから、」
「だから?」
「抱きたい。お前のここに、ひどいことをしたい」
「っな、」
 一護の体から一度は引いた汗が瞬時に吹き出し、ついでに顔面も真っ赤に染まった。そのあんまりにもあんまりな言い回しに一護は絶句した。そして浮竹の大きな手が包むように自分のそこに触れてくる。撫で擦られて一護は小さく悲鳴を上げた。
「早く、大人になれ」
「‥‥‥なん、で?」
 首筋にふ、と笑う吐息を感じた。
「もっとひどいことがしたいからな。だから、早く大人になってくれ」
 少し手を動かすだけでぴくぴくと反応する一護を見下ろし、「食ってしまいたい」と浮竹が舌なめずりすれば、一護の体がびくりと大きく反応した。
 それに笑みを深めて浮竹はそっと一護の深部に触れる。
 一護は最初は抵抗するもののやがて浮竹にしがみついてひどいひどいと涙混じりに罵った。ひどいが一つ増えていくたびに一護の力も抜けていく。
「大人になんて‥‥‥‥っ」
 なりたくない。
 これ以上ひどいことなんて想像もつかないのに。
 けれど自分はきっといつか大人になる。何も知らなかった自分にたくさんのことを教え込んだ浮竹が言うなら絶対だ。違う、嫌だと抵抗しても、それは必ず現実になる。
 尊敬する浮竹隊長。
 でも下手な態度は単なる皮で、自分はそれに騙された。騙されるほうが悪いと言ったのは今自分を翻弄する男の言葉だ。
「愛している、一護、俺と一緒に落ちてくれ」
 それはもう聞いた。
 俺のものだとか一緒に死んでくれだとか、酔って自分を抱きながら散々言っていたではないか。
 せめてもの意趣返しにと、一護はもう一度同じ台詞をぶつけてやった。
「やだっ、もっと若い男、見つけてやるからなっ」
 それからすぐに、苦しいまでに攻め立てられた。男は怒った顔が一番魅力的だと言っていたのは誰だっただろうか。
「愛してるんだっ」
 
 その口縫って、二度と言えなくしてやりたい。


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