20題の日常恋愛活劇

戻る

  17  


「いっちーはツルりんと結婚するの?」
 言われた瞬間、一護はブッハーと茶を吹いた。
「なんっ、で、」
「だってこの間ツルりんとちゅーしてたのあたし見たもん」
「へえー。副隊長、詳しく教えてくれませんか」
 弓親は呆然とする一護に手拭を貸してやりつつも内心では手を打ち鳴らしていた。
「ままま待て! 何かの間違いだきっと!」
 慌ててやちるの口を塞ごうとした一護を制したのは弓親だ。縛道で動けなくしてやった。
「弓親っ」
「それで? 二人はどんな感じでしたか」
 子供相手に聞くことではなかったが知りたいものは知りたいのだ。好奇心丸出しの表情でやちるに詰め寄った。
「えっとね、最初二人は道場で手合わせしてたの」
 最初からかよ、と一護が呻いた。
「打ち合ってる最中にね、いっちーが足を滑らせて転んじゃったの。そのとき袴がぺろーんて捲れてね、太腿くらいまで見えたんだよ。そしたらツルりんがいっちーにガバーって」
「あぁ、ムラムラきちゃったんですね」
「やめてくれ‥‥‥‥!」
 一護が真っ赤な顔をして抗議していたがそれを無視して話を続けた。
「ツルりんてばもうタコみたいにちゅーちゅーしてたんだぁ。いっちーは最初ジタバタしてたんだけどね、そのうちツルりんの死覇装掴んで一緒にちゅーちゅーしてたよ」
「もー言うな! 頼むからっ」
「一角てば何だかんだ言っててやるじゃない」
 一護は耳を塞ぎたいものの生憎両手は背中の後ろに固定されてびくともしなかった。
「それから? それから一体どうなったんですか」
「ツルりんがいっちーの腰紐とっちゃったの」
「ぎゃー!」
「いっちー泣いちゃってね、それ見てツルりんが可愛い可愛いって言ってたよ」
「ぅわー何も聞こえねー!!」
「ちょっと静かに。副隊長、続きを」
「いっちー逃げようとしたら袴脱がされてたよね」
「聞くな!」
 泣く寸前の顔で一護はそれきり俯いて無言になってしまった。しかし耳やうなじは真っ赤っかだった。
「でもね、ツルりんが逃げるいっちーに何か言ったの。そしたらいっちー大人しくなっちゃったんだ。ね、何て言われたの?」
「何て言われたんだい?」
 四つの目玉に見つめられた一護はぐっと詰まった。
「‥‥‥‥‥‥言えるかー!!」
 気合いで縛道を解くと一護は二人の制止を振り切って部屋から飛び出していった。









「やだ馬鹿離せよ!」
「ぃい痛てててっ、暴れんな!」
「袴返せ!」
「お前足細っせーなぁ」
「触んな! タコ! エロタコ!」
「てめっ」
「ヒー!」
 とんでもないところを触られた。
「っゆ、弓親ぁ」
「バカ、こういうときは俺の名前呼べよ」
 しきりに弓親の名前を呼んで助けを求める一護の唇を一角が慣れた感じで塞いでしまった。それから息も出来ないほどに奪われて、一護は半裸で泣きじゃくった。
「っかしいな。何でこんなガキに」
「だったらどけよっ、あっち行けっ、バーカバーカ!」
「お前ほんとムカつくな!」
「っわー! 何で脱ぐんだよ!?」
 現れた一角の上半身に、直視していられなくて一護は顔を背けた。男の裸の上半身なんて死神をやっていれば修練場の近くでは嫌でも目についた。
 しかし一角の体は一護が目にした同僚達とは比べものにならないほどに鍛え抜かれていて、それが綺麗だと思ったなんて口が裂けても言えやしない。
「一護」
「‥‥‥‥ぅううっ」
 今さらだが一角は声がいいことに気がついてしまった。それが腰にくる。
 耳元で囁かれて背筋が震えた。このままではいけないと頭の中で必死にツキツキの舞を踊る一角を思い浮かべてみたが目の前の一角を見てしまえばそんな馬鹿な映像は一瞬にして消え失せてしまった。
「俺の名前、呼べよ」
 唇を舐められて固い体を押し付けられた。そうされて涙が出るほど怖いと思うのに、同時になんて格好いいんだと思ってしまった。
 そうだ、どうしよう、目の前の男が格好いい。
「あ、ありえない、」
 ハゲだぞ、タコだぞ、あの一角だぞ?
 頭の中で正気に戻れともう一人の自分が言い聞かせてくるが、一角と目が合えば腰にひしひしと感じる声で名前を呼ばれ自分の唇からあられもない声が飛び出す始末だった。
「小せえケツだな。こんなだから踏ん張りが利かねえんだ」
 そう言って撫で擦ってくる男の掌の感触に、変態触るなとは言えなかった。それどころか荒れた指で触れられて気持ちがいいとさえ思ってしまった。
「ああ、クソっ、そんな顔しやがってっ、やっぱお前可愛いな」
 一角の節くれ立った指が下着にかかったときは、処女喪失、という試験には絶対に出ない四文字熟語が頭に浮かんだ。
 しかし指はかかったものの、一角はそれから動こうとしない。考え込むように目を瞑り、それからしばらく無言の時間が続いた。
 やがて一角は目を開けると一護の髪や頬を撫で”あー”だの”うー”だのはっきりしない言葉を発し、そして長い逡巡の末、きっぱりと告げた。

「好きだ。俺のガキ、産んでくれ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 メイビー。じゃないベイビー。
 好きとかいう言葉よりもそちらのほうが一護にとっては衝撃だった。
「嫌か?」
「‥‥‥‥お、俺、ガキだもん、」
 もん、とか言って子供らしさを演出してみたが一角には通用しなかった。
「お前はガキじゃねえよ。ガキに俺のもんが反応する筈がねえ」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
 俺のもんて何ですか。
 なんて本気で分からなかったら自分はガキだ。
 視線が下へ、‥‥‥‥いきかけて一護はばっと逸らした。見てはいけない。
「それに、もう決めた」
「‥‥‥‥何、が?」
「俺にとってお前はたったひとりの奴だ」
 言っている意味が分からなくて首を傾げたら顔同士がぐっと近くなって、腰に逞しい腕を回された。
「こういう体勢になるのは金輪際お前以外にはあり得ねえってことだ。分かったか、バカ」
 ごち、と軽く頭突きをされた。大した衝撃ではなかったけれど、一護はしばらく立ち直れない。
 もの凄いことを言われた、気がする。
「‥‥‥‥‥あ、う、ぇと、一角、」
「可愛い顔すんな。突っ込むぞコノヤロー」
 ぐい、と床に体を押し付けられて不覚にもきゃんとか子犬みたいな悲鳴を上げてしまった。そうしたら一角がぴたりと動きを止め、ものすごく苦悩に満ちた表情をして荒い息をついていた。
「マジ、死ぬ、」
「大、丈夫か?」
 はぁはぁと息を荒げる一角の肩に手を伸ばせば、それはがしりと掴まれた。そして掌や指、甲、薄く浮き上がった血管の上に何度も唇を押し当てられた。
「一護、なあ駄目か? 俺のこと、嫌いか?」
 その姿に胸がきゅーんとしたなんて自分は一生誰にも言わないだろうな、と思った。
 なぜなら一角が、あの一角が眉を下げて自分に懇願しているのだ。
 十一番隊の猛者がそんな顔したなんて誰に言える。そうされて嫌だなんて首を振れる奴がどこにいる。
「俺にしとけよ、な?」
「一角、」
「お前の全部俺にくれ。心も体も何もかも、纏めて俺が可愛がってやる」
「‥‥‥っあ、」
 感じてしまった。
 今の言葉で心も体も感じてしまったではないか。
「一護、答えろ」
「は、ぅ、俺、」
 うまく言葉が出ない。
「一護、頼むから、」
「あ、の、一角、」
 息苦しくなってきた。口で言えるか恥ずかしいと叫びたいが声が出ない。
 こんなに震えて顔だってたぶん真っ赤になっている。答えはあれだ、分かるだろ。
「嫌なら逃げろ。‥‥‥‥そうじゃないなら、俺に何されても構わないってんなら、目ぇ瞑れ」
 それを聞いてすぐさま瞑った。
 何も考えず、瞑っていた。
 だって絶対に後悔しないって、もう一人の自分が言ったのだ。
「はぁ‥‥‥‥一護、一護」
「‥‥‥‥‥‥‥」
 今は声が出ない。でも後でちゃんと言おうと思う。
 硬い床の感触がまるで柔らかい極上の褥のように感じたって言ったらそれは言い過ぎだろうか。でも本当に、本当にそう感じるほどに幸せだった。
 他人は他人で自分は自分。この先誰といたって結局は一人なんだって結構冷めてたけれど、そんな自分にはもうさよならだ。
 だって普段は荒っぽい粗野な男が自分の体を宝物のようにそっと触れてくれている。それだけで、ああ、自分が今までに辛いと感じてきたことは今この瞬間の喜びを最大限に感じる為のものだったんだと思えた。一生許せそうにないこととか、墓まで持っていこうと決めてる最悪な出来事とか、そういうものすべてが今このとき自分を祝福する為のちょっとした前座だったんだと言われたら、たぶん本気で信じられる。
 実を言うと初めて可愛いと言われて泣いたのは嬉しかったからだ、まるで大事だと言われたように聞こえたからだ。
「‥‥‥‥可愛いよ、お前」
 だから涙が出る。
 もっと聞きたい。
 ずっと一緒にいて、その言葉を聞き続けたい。
 お願いするように抱きついたら、また可愛いと言われた。
 幸せだった。
 死んでもいいと、思った。









「あたしとしては剣ちゃんと結婚してほしいんだけどなぁ」
「駄目です、駄目駄目。一護は一角と。もう決まっちゃってるんです」
「あーあー、やっぱり邪魔しとけば良かったなー」
「一護が可愛くないんなら、どうぞご自由に?」
 どうせできやしない。
 そう視線に乗せて見下ろせば、案の定やちるはぷぅと頬を膨らませていた。
「本当に可愛くって仕方ない。だから幸せになってもらいたいでしょう?」
「剣ちゃんだってツルりんに負けてないよ」
「そうですね、でも僕としてはやっぱり一角に肩入れしちゃうんです。相棒ですからね。彼にも幸せになってもらいたい」
 飲みかけの一護の茶。ほとんど吹いて零してしまったそれを見て弓親はぷっと吹き出した。
「可愛いじゃないですか二人とも。からかいがいがあって、これからが楽しみだ」
「‥‥‥‥剣ちゃんだとそうはいかないもんね」
「えぇ、そうです。そこですよ、僕が一角を押した理由は」
 どこまで本気なのか分からないが弓親は茶目っ気たっぷりにそう言って茶菓子を手早く片付けた。そしてやちるの髪を優しく撫でて、諭すように目を細めた。
「見守って上げましょう。まだまだこれからなんですから、あの二人は」
「邪魔者とか?」
「成敗、宜しくお願いします」
 やちるに負けないほど子供っぽく笑うと弓親は軽やかに去っていった。
 やちるはひとり縁側に座り金平糖を取り出すと、空を見上げて色とりどりのそれをぽりんと噛み砕いた。
「‥‥‥‥あれぇ?」
 金平糖は甘く、そして苦かった。


戻る

-Powered by HTML DWARF-