すれちがいめぐりあい

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  中編  


 流魂街、更木。
 虚が頻発して現れるとの報告を受け、浮竹含む席官数名が到着したのは、夜が明け空も白み始めた頃だった。
「反応がありませんね」
「ああ、変だな」
 伝令神機に映った最後の反応が消えた。警戒は解くどころかさらに強め、それぞれが寄り固まって周囲に鋭い視線を滑らせる。
 不気味だ、と誰もが思っていた。戦闘に慣れた死神だからこそ分かる圧迫感。何かがいる。だが姿も気配も感じない。
「隊長、索敵しますか?」
「いや、散り散りになるのは危険だ」
 浮竹は一歩前に出るとすっと目を細めた。隊長としての勘が告げている、前方に何かいると。
「総員抜刀!」
 声を上げた直後、目の前で霊圧が膨れ上がった。びりびりと空気を震わせるほどの強大なそれに幾人かの隊員が圧倒され膝をつく。
 敵わない。
 誰もがそう思った。一人を除いて。
「おや?」
 緊張した空間にそぐわない浮竹の声。部下たちは信じられないと瞠目した。
 確実に『何か』がいる方向へと、浮竹はひょいひょいと近づいていく。
「‥‥‥‥あぁ、なんだ、そういうことか」
「うきたけ、たいちょう、?」
「お前たち、刀を仕舞いなさい。この子が怯えているじゃないか」
 隊員たちは『何か』の正体を知り、呆気にとられて刀を落としてしまった。
 浮竹の腕の中で、幼い子供が泣きじゃくっていた。










 リリリと鈴の音がどこからか聞こえてくる。
 浮竹は首を巡らし、音の発信源を探した。
「そこだっ!」
 リンっ、と音が跳ねた。
 隠れているつもりなのか。可愛らしいことだ。
「一護、見えてるぞ」
 屋根からはみ出したオレンジ色。空の色と相まってよく目立つ。風に吹かれてふわふわと動くそれは実に鮮やかだった。
 瓦屋根の上から顔を出したのはまだあどけない子供だった。生意気そうな双眸を浮竹に向け、ぷうっと頬を膨らませる。
「ちぇー、今度は絶対見つかんねえと思ったのに」
「屋根の上というのは中々いい着眼点だったぞ」
 屋敷のどこかに隠れては浮竹を驚かす。子供が最近嵌っている遊びだった。
 しかし浮竹は気配に聡いため、子供が成功したことは一度も無い。可哀想かなと思い、以前気付かなかったフリをして大仰に驚いてみせると、「嘘吐き!」と罵られて蔵から出てこなかった。小さな子供は扱いが難しい。
「ほら、下りておいで」
 両手を広げてみせると、子供は戸惑った表情を浮かべた。それからそわそわと落ち着かない様子で口籠る。頬も心無しか赤い気がしなくもない。
 ちょっと前は、どーんと胸に飛び込んできてはきゃらきゃらと笑っていたのに。最近では恥ずかしそうに距離を取る。京楽曰く、思春期とか。
 一護は逡巡した後、手を広げる浮竹の横に着地した。その拍子に首に付けられた鈴がリンと鳴った。
「寂しい。父さんの胸はそんなに嫌か‥‥?」
「そんなんじゃ! ‥‥‥‥‥ねーけど」
 一護は誤摩化すように首にある鈴を指で弄った。
 その細い首には、殺気石で作られた霊圧を抑える首輪が装着されていた。一護の意志では決して外せないものだ。唯一の装飾は金色の小さな鈴。一護が動くたび可憐な音を奏でる。
 はっきり言って、悪趣味だ。製作した技術開発局にどうにかならんかと苦情を入れると、あれの良さが分からないなんて浮竹隊長は男じゃない、と言い返された。いや、まったく分からんわけではないのだが人目を考えると色々と心配なわけで。
「なあっ! 聞いてる!?」
 は、と回想から戻ると、ずっと話しかけていたのに無視されて怒った一護がまたもや頬を膨らませていた。そのなんとも触り心地の良さそうな丸い頬に、浮竹は無意識に指を押し込んでいた。ぷすーっと空気が抜けていく。にへらと笑っていると、今度は唇を突き出して一護が憤慨した。
「ほっぺた触るの禁止!」
「えぇっ!!」
「禁止ったら禁止! 十四郎さんのえっち!!」
 言うだけ言うと、一護は走り去ってしまった。鈴の音が遠のき、消えた頃。
「えっちかぁ‥‥」
 なんて可愛いことを言うんだろう。
 激しく怒れば怒るほど鈴がチリチリと愛らしく鳴り響く。その様を思い出すと、浮竹の胸は年甲斐も無く高鳴ってしまった。
 思えば、変化はずっと以前からほんの些細な部分で起こっていた。それに気付いたときには、一護は既に自分との間に線を引いて、こちら側には入ってこなくなっていた。












『義父上』
 いつからだろう、一護が自分の名前を呼ばなくなったのは。
「‥‥‥寂しぃ‥‥‥‥‥寂しぃぃぃいいい」
「浮竹、キモい」
「京楽っ、本当に一護は喜んでいたのか!?」
 親友を遣いパシリに使って薬を渡したのはつい先日のこと。
 浮竹の手元には、愛しい娘からの感謝の言葉と真央霊術院での日々が書き連ねられた手紙が届いていた。
 書き出しはこう。
『拝啓 義父上様ーーー』
「なんでだ? なんで一護は俺のことをこんなよそよそしい呼び名で呼ぶんだ? 俺が何かしたか? まさか俺の褌と一護の下着を一緒に洗ったことをまだ根に持っているのか? おいおい昔のことだぞ」
 十四郎さん。
 一護のあの愛らしい唇からそう呼ばれるのが嬉しかった。それが今では『義父上』だ。間違ってはいないのだが、なんかアレじゃないか。分かるか、アレなんだ!
「昔は十四郎さん十四郎さんって、三度の飯より十四郎さんだったんだぞ!!」
「可愛い娘だこと」
「ああそうだ、うちの娘は尸魂界一可愛いんだ!」
「娘、ねえ」
 ははん、とどこか投げやりな感じで笑われ、浮竹はむっと眉間に皺を寄せた。馬鹿にされた気がする。
「お前さ、矛盾してるよね。一護ちゃんに親子の情を求めてるのに、義父上とは呼ばれたくないなんてさ」
 指摘されても、浮竹には何のことだかよく分からなかった。首を傾げて答えを求めると、京楽が苛立たしげに眉間に皺を寄せた。
「本当に分かんないの?」
「はぁ? さっきから何を言ってるんだ」
「昔の一護ちゃんはさぁ、ボクに会うたびにお前の好きなものとか、昔の話とか聞きたがったんだよ。それがどうしてか分かんないって?」
「親子と言っても知らないことはたくさんあるからな!」
「好きな女性のタイプも聞かれたんだけど」
「‥‥‥‥!! 一護は母親が欲しかったのか!?」
 そこは気が回らなかった! と後悔している浮竹の傍ら、京楽が唇だけで呟いた。
 このバカ、と。
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