蝶が瞬くとき

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  03. るきあとイチゴ  

「のう、一護」
「なんだ」
 隣でルキアがおしるこを食べながら話しかけてきた。先に休憩に入ったのはいいが一護はまだ書類が残っている。そんなにくつろがないでほしいと一護は思った。
 それにしても休憩に入って即おしるこってどうなんだ。言いたいことは色々あったが、一護は黙って仕事を続けていた。
「お前が女子だと皆知らぬのではないか?」
「‥‥‥‥‥」
 こいつ気付いていたのかと内心で驚いた。
 ルキアはどこか浮世離れした言動と雰囲気の為か、一護にはあまり鋭そうには見えなかったのだが、それはどうやら間違いらしい。
「海燕殿の話し振りから男だと思っておったのだがいざ会ってみるとおなごではないか。これは勘違いしておると思ってな」
「最初から女だってわかったのお前がはじめてだ。」
 するとルキアが意外だという顔をして身を乗り出してきた。
「うわ危ねえっ、おしるこが書類にかかる!」
「普通は気が付くと思うがな」
 ルキアにとっては不思議でならなかったが、一護にしてみればそうやって人目で見破る人間のほうが稀だった。
 流魂街にいたころから努めて男に見えるように振る舞っていたのだ。特に治安の悪い方では女でいるのは危険きわまりない。比較的安全な流魂街に移ってきてからもその時のくせが抜けずにこうして男のように振る舞っていた。
「別に隠してるわけじゃねえんだけどな。でも自分は女ですって言うのもなんか変だろ」
「まあそうだな。気付かぬほうが悪い」
 そう言ってルキアはうんうんと頷いた。
 一護は十三番隊に移動してからというものルキアとはよく話していた。よくは分からなかったが、四大貴族という大層な家柄の養子だと言っていたが、普通養子でも貴族というのならもっと偉そうにしてもいいものなのにと一護は思ったが、ルキアにはそういうところがない。話し方や態度が偉そうといえばそうだが貴族のそれではない。流魂街出身だと聞いたときは意外に思ったものだ。
「一護がおなごだと気付いたときの皆の顔が見物だな」
 一護の中でのルキアの印象は最初と随分変わってきた。海燕や浮竹の前だと猫をかぶっているが、一護と話をしている方が素なのだと気付いたのは最近のことだった。
 でもすこしもイヤな感じはしないので、一護は自然とルキアとはよくつるむようになっていた。
「そういえば、女の友達って初めてだな」
「なに!?」
「ああっ、ルキア、てめ、書類におしるこがかかっただろうが!」
 一護の台詞にルキアがずずいっと身を乗り出してきた。その拍子にぴぴっと茶色い液体が書類にかかる。
 やべ、これ他の隊に持ってかなきゃならないやつだ。一護がそう思って慌てて拭き取ろうとしても、もう茶色い染みは書類と一体化してしまっていた。
「そんなことより今のは本当か!」
「そんなことってお前、‥‥‥もういいや。ああ、女の友達は今までにはいねえよ」
「そ、そうか。私も死神になってからはおぬしが初めての友だ。その、みな朽木の名に遠慮してあまり話してはくれぬのでな」
 貴族も色々と大変らしい。海燕を友達というのもなにか違う気がして、寂しそうに笑うルキアの肩を慰めるように一護は叩いてやった。
 ルキアが一人でいるのをよく見かける。周りもどう扱っていいのか分からないのだ。話してみたら結構面白いやつなのに、もったいないと一護は思った。
「この書類、お前が持っていけよ。俺にはこの茶色い染みの説明はできねえからな」
「なに。これでも私はお前の上司だぞ」
「じゃあこの茶色い染みはなんでしょうかね上司様」
 ルキアがぷうっと頬を膨らます。それに思わず吹き出すとルキアも笑った。
 こんなふうに仕事中に笑えるなんて思わなかった。十三番隊はみな和気あいあいとしている。これも海燕の影響なんだろうと思うと、一護の胸が温かくなった。




 書類はルキアが持っていった。
 ルキアが帰ってきたら一緒に食事をとろうと約束をしたので一護は大人しく縁側に座って待っていた。
 風が気持ちいい。周りに緑が多いせいか空気が他とは違って綺麗な気がした。浮竹が病がちだというからこういう環境は体に良いだろうとぼんやり考えた。
 遊子と夏梨はメシでも食っている頃か。小さな妹二人が脳裏の浮かぶ。食事はいつも三人一緒にとっていたので、寂しがっていないか一護は心配になった。
『寂しいのはお前のほうではないのか』
 一護はすすーと視線を彷徨わせた。
『図星か』
 低い笑い声が聞こえてくる。斬月にはいつも自分の気持ちを言い当てられてしまう。隠し事なんてきっと出来ないだろう。
 斬魄刀は常に帯刀しているわけではない。けれど斬月とは離れていてもこうして会話ができる。
 ずっと一緒だ。そう言ってくれる斬月の存在にはいつも励まされる。
『あの男が来たようだ』
「メシはもう食ったのか?」
 頭に軽い衝撃がしてそう声をかけられた。
「海燕さんっ」
 頭を撫でられる。海燕はこうしてよく頭を撫でてくるのだが、やられるほうは照れくさくてたまらない。妹達にはよく頭を撫でてやるが、するのとされるのとでは大違いだった。
「ルキアが帰ってきたら一緒に食います。あの、頭撫でねえでくれますか」
「そう言うな。お前ってなんか頭撫でたくなるんだよな」
 そうしてまた撫でられる。
 海燕は下に兄弟がいそうだ。十三番隊全体の兄、といった雰囲気と包容力に、きっとそうに違いないと一護は思った。
「けっこう馴染んできたな。朽木とも仲良いみたいだし。なんか困ったこととかねえか」
 今、まさに困ってる。そんな顔をしていると海燕がようやく頭から手を離してくれた。
「困ったことはないです。みんな、優しいし」
 ここに来て因縁などつけられたことがない。
「そいつは良かった。苦労してお前を引き抜いた甲斐があるってもんだ。お前を十三番隊に移動させるって時にはひと悶着あったからな」
「それって、十番隊となんかあったんすか?」
 自分に因縁つけてきていた奴らがなにか吹き込んだのだろうか。そんな不安が顔に出ていたのか、海燕はまた一護の頭を撫でて違うと安心させるような声音で言った。
「まあ十番隊もよ、お前を手放さがらなくて渋ってたんだ。けどそれを説得するよりも十一番隊の方がずっと厄介だったな」
「十一番隊?」
「十番隊と十一番隊で最初取り合ってたらしい。そんで俺らが十三番隊に移動させたいって話を聞きつけて横槍入れてきたんだ」
「はあ、」
 たしかに自分は十一番隊向きだ。戦闘部隊といわれる十一番隊なら実力重視で因縁などつけてくる馬鹿な人間はいないだろう。
「でもお前は今十三番隊だ。他のとこに行きたいなんて言うなよ」
「言わない。俺、ここ好きだし」
 そう言うと海燕は嬉しそうに笑い、一護の頭を抱え込んでこれでもかというほどオレンジ色の髪を撫で回した。おかげで髪がぐしゃぐしゃになった。海燕が謝りながらも笑いまじりに髪を撫で付けて直してくれた。
「海燕殿!」
「ルキア」
 書類を届けて帰ってきたルキアがなにやら怒っている。
 ずんずんとこちらに寄ってくると海燕に抱き込まれたままの一護をぐいっと引き寄せた。
「セクハラですよ海燕殿」
「はあ?」
 海燕は何言ってんだというように声をだした。たしかに、一護もはあ?だった。
「一護、食事に行くぞっ」
「お、おう」
 ルキアの妙な気迫に押されて一護はその場を後にした。
 海燕はぽかんとしたまま取り残されていた。




 二人になった途端、ルキアにこんこんと説教をされてしまった。
「まったくお前は。海燕殿とはいえ男子に気安く体を触らせてはならぬ」
「なんだそれ。何言ってんだよ」
「女らしくしろとは言わぬ。だが女としての自覚は持て」
 それから食堂に着くまでの間ルキアの説教が続いた。
 一体何したっていうんだと、相棒に愚痴るとルキアと同じようにどこか怒った低い声が返ってきた。
『この死神の言うとおりだ。お前には自覚が足りん』
 斬月の説教も続いた。


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