蝶が瞬くとき

戻る | 進む | 目次

  05. 男はただの少年だった  

 何なんだよこの人。
「あーお前ほんと鬼道駄目なのな」
 大きなお世話だ。
「霊圧をもっとまとめるんだよ。集中しろ集中」
 うるせえなあ。俺はもう鬼道は諦めてんだよ。
「おら、ちゃんと聞け!」
 痛い。はたかれた。
「あん? なんだその目つきはよー」
 あんたに目つきのこと言われたくない。
「無視すんな」
 もう帰る。
「ああ、俺が悪かった。だからこっち向けよ一護、な?」
 ‥‥‥檜佐木副隊長は暇らしい。




 現世の任務で出会ってから、修兵はこうして一護に稽古をつけてくれるようになった。だが二人の雰囲気は決して良いとは言えない。
 なぜなら一護は稽古をつけてくれなんて一言も頼んでいないからだ。むしろ断った。
 それなのに修兵は何をムキになったのか一護が暇そうにしていると修練場に引きずっていって無理矢理稽古をつけてくる。
 副隊長なだけあって確かに強い。海燕とは違った戦い方だから勉強になる。勉強になるのだが、しょっちゅう一護をからかってくるので修練というよりも喧嘩一歩手前だった。
 そして今日は一護が鬼道をまったく使えないだと知ると、頼んでもいないのに教えてやると言ってきたのだ。
「鬼道ができねえと副隊長になれねえぞ」
「別に、副隊長になりたいわけじゃないし。だから鬼道もできなくていい」
 そんなに出世したいとは思わない。姉妹三人生きていく金が稼げればそれでいい。それに上席官ほど忙しくなっていくので家に帰る時間が減ってしまう。それはいやだと、まるで一家の主のような考えを持つ一護だったが、そんな心情を修兵が知る訳も無く。
「バーカ。副隊長はともかく虚と戦うときになにかと便利だろ。虚の中には斬魄刀を無効化する能力をもつ奴だっている。そんときどうするよ」
「拳でボコボコにする」
 はあーと大げさなほどにため息をつかれた。一護は本気だ。
「お前剣の腕はいいのにな」
 そう言って一護の頭に手を伸ばす。
「さわんな」
 隙あらば頭を撫でようとしてくる修兵に、その手が触れる前につかさず叩き落とした。
 するとむうっと顔をしかめて睨んでくる。
「なんだよ、志波さんはよく撫でてるだろ」
「海燕さんは同じ十三番隊の副隊長だ。檜佐木副隊長は九番隊」
 だから駄目だ。そう目で言ってやった。
 海燕は特別なのだ。嫌だと思ったことは一度もない。だがそれを実際に言うにはどこか憚れるものがあって、一護は口を噤んだ。
「ずるい」
「なに? 聞こえなかった」
「なんも言ってねえよ!」
 逆ギレされた。
 この男は時々ものすごくガキっぽいと一護は思う。ルキアが五十歳の年増だと聞いたから、それ以上の年月を生きている筈なのに、一護は自分の妹二人よりもガキっぽく感じることがある。
 それが少しだけおかしかったので笑ってしまった。ほんの少しだが。
「な、なに笑ってんだよ」
「あんたはなにうろたえてんだ。顔赤いぞ」
「赤くねー!」
 赤いのに何否定してんだと一護は冷めた視線を返してやった。 
「俺もう隊舎に戻らねえと。檜佐木副隊長、御指導ありがとうございましたー」
 最後は棒読みだ。睨まれたが恐いもの知らずの一護はさっさと帰ろうとした。
「その檜佐木副隊長ってのやめろ」
「一応上司ですし」
「お前は十三番隊、俺は九番隊なんだろ。だったら名前で呼べよ。志波さんにもそうしてるだろ」
 修兵はなにかと海燕を引き合いに出してくる。けれど一護は言いたい。
 海燕さんは違うんだ。他の人とは違うんだよ。
 あの人は
「一護」
 呼びかけられてはっとする。
 修兵の顔を見るとどこかで見たような表情をしていた。
「嫌なら、いい」
 ぷい、と顔を背ける。強面に、その仕草は甚だ似合っていなかったが、一護はぷっと吹き出した。
 思い出す。今の修兵の顔は妹二人の表情にそっくりだ。
 似たところなんて少しもなかったが、なぜか幼い妹二人と修兵が重なってしまう。そうなると一護は優しい気持ちになってしまい、言うことを聞いてしまうのだ。 
「修兵さん」
「!」
「これでいいんだろ。じゃあ俺行くから」
 そうして踵を返す。
 妹達にお願いされて断れたことなんて一度も無い。名前を呼ばれたときの修兵の間抜け面を思いだし、一護はもう一度笑った。
 途中眉に刺青を入れた赤髪の男とすれちがった。こちらを睨んでいたが知らない奴だったので気にしなかった。




「檜佐木さん」
「檜佐木さんってば」
「顔に卑猥な刺青入れてる檜佐木さん」
「殺すぞ」
 お前にだけは言われたくないとばかりに修兵はドスの利いた声で後輩を睨んだ。その奇抜な眉を持った人間に、自分の刺青をどうこう指図されたくない。
「九番隊の隊員が探してましたよ。休憩終わるのに帰ってこねえって。一体何してたんですか」
「‥‥‥ああ、ちょっとな」
 そんなに時間が経っていたとは思わなかった。それもこれも一護のせいだ。あんな不意打ちで微笑まれたらときめいてしまう。
 思い出し、修兵の口元がにやつきそうになる。
「顔がぴくぴくしてますよ。なんか気持ち悪、いてえっ!」
「口は災いの元だ。考えてからもの言えよ」
 とりあえず礼儀のなっていない後輩は殴っておく。教育的指導だ。
「‥‥‥あいつと、何かあったんすか」
「あ? お前一護のこと知ってんのか」
「名前は知りませんけど、一護って言うんすか」
 恋次はそれっきり黙り込んで、一護が去っていったほうを睨んだ。
 それを見てなんだか穏やかではないと修兵は察する。一護は勘違いされやすい。目つき鋭いしぶっきらぼうだ。これが変に相手の気に障ることもあるらしい。修兵自身、最初はなんだよこいつと思った。
 けれど本当は不器用なだけなのだ。あと人見知りも激しいが馴れれば普通に話してくれる。
「おい阿散井、一護となんかあったのか?」
「別になんもないっす。俺もう戻りますから檜佐木さんも早く戻ったほうがいいですよ」
 なにもないという雰囲気ではない。背を向けて帰っていく後輩の背を見送りながら修兵は嫌な予感がした。




 九番隊に戻ってまず東仙に遅れたことを謝った。
「副隊長なのだから皆の模範とならなければ。次からは気を付けるように」
「はいっ。申し訳ありませんでした」
「ところで修兵」
「はい」
「黒崎君とは仲良くなれたかい?」
「っ! 東仙隊長!!」
 東仙隊長はすべてお見通しだった。恥ずかしい。


戻る | 進む | 目次

-Powered by HTML DWARF-