蝶が瞬くとき
０６. あの日繋いだ手を、もう一度取り戻したい
今日の仕事は午後からだったので一護は久しぶりに惰眠をむさぼりのんびりと隊舎に向かった。
十三番隊の隊舎は瀞霊廷の奥のほうにあるので途中他の隊の隊舎をいくつも通る。六番隊の隊舎にさしかかったところで、一護は見知った顔を発見した。
「ルキア」
そのとき一護は初めてルキアの隣に誰かがいることに気が付いた。
赤い髪に刺青をした、目つきの鋭い男だ。
「わりい、話し中だったか」
「いや、かまわぬ。話したことがあるだろう、幼馴染みの阿散井恋次だ」
幼馴染と言うわりには二人の間に流れる空気はどこかおかしいものだった。だがそれを指摘することもできず、ルキアの幼馴染みとやらに一護は軽く頭を下げる。が、睨み返されてしまった。だが一護には心当たりが無いのでそれを軽く無視した。
そして会えば言おうと思っていたことを思い出し、死覇装の袖を探ってあるものを取り出した。
「ルキア、おまえこの間俺ん家に泊まったときに忘れてっただろ。チャッキーとかいう」
「チャッピーだ！ 一護の家にあったのか」
「おい」
「っ！！ ‥‥‥ってぇ、」
声がしたと思ったその瞬間、一護は殴られた。たまらず床に倒れる。
目を開けると恋次が怒りの形相で一護を睨みつけていた。怒りたいのはこっちのほうだったが、殴られた衝撃で頭がくらくらして言葉を発することができない。
だが一護が何かを言う前にルキアが反撃した。
「恋次！ 貴様なにをするっ！」
「いってえ！」
ルキアが恋次の脛を蹴りつけて一護に駆け寄った。
「大丈夫か？ 血が出ている」
ルキアが持っていた手拭で血をぬぐう。
今までで一番キいた拳に、こいつ強えな、と一護は恋次を見上げた。
一護が妙に感心している間も恋次は睨みつけてくる。その視線をルキアが遮った。
「なんのつもりだ。突然殴るなど、正気の沙汰ではないっ」
「てめえこそ男の家に泊まったりなんかして、正気の沙汰じゃねえっ」
あーこいつ勘違いしてんな。
一護は自分が何故殴られたのかやっと分かった。
だがルキアは余計に怒りを煽られたようだ。恋次に比べてずっと小さい体をぐっと乗り出して恋次を怒鳴りつけた。
「私が誰の家に泊まろうと貴様には関係ないっ。一護に謝れ！ もしくはここから飛び降りろ！」
「おい、ここ相当高えぞ」
それに飛び降りろってなんだ。ルキアは感情が高ぶると時々おかしな言動をする。一護は段々呆れてきた。
「ルキア、もうその辺にしとけよ」
「お前は殴られたのだぞ」
「もういいから。別に気にしちゃいねえ」
それよりも早く十三番隊の隊舎に行かなければ。もうそろそろ就業の時間だ。一護はルキアの襟首を掴むと引きずっていった。
ちら、と恋次を振り返るとそこには相変わらず鋭い視線があった。
ダンッ！
ルキアが書類を叩きつける。さっきからもうずっとこの調子だった。
「書類はもっと丁寧に扱えよ。それと字、怒りで震えてるぞ」
「これが怒らずにいられるかっ！」
殴られた本人がもういいと言っているのにルキアの怒りは一向に収まらない。
「あいつはさ、お前が心配なんだよ。だから男の家に泊まったって聞いて我慢ならなかったんだろ」
「お前は女子だぞ」
「だからそれは勘違い。知らなかったんだから仕方ないだろ」
「だが殴っていい理由にはならないっ」
これは当分放っておいたほうがいい。一護は話しかけるのをやめて、そっとしておくことにした。
「あ」
「ってめえ、」
「昼間はどうも」
現世に降り立って任務を終了、さあ帰るかというときにルキアの怒りの元凶と再び遭遇した。
相手はもう射殺さんばかりに睨んでくるが一護は気にせずに誤解を解くことにした。
「あんた勘違いすんなよ」
「ああ？」
「俺とルキアは、っ！」
オオオオオオオオオオオオオ！！！
虚だ。
恋次が斬魄刀を抜く。ここにいるということは恋次も任務だ。
一護は邪魔をしないように下がることにした。
「話は後だっ！ 吼えろ、蛇尾丸！」
恋次の声によって斬魄刀がその姿を変えた。いくつもの節のようなものが連なってまるで蛇のように曲がりくねり虚を次々と凪ぎ払っていく。
面白い斬魄刀だと思って一護はその戦いを眺めていた。だがそれは許さないとばかりに一体の虚が一護へと襲いかかってくる。それを避けざま仮面に斬りつけた。
「ああっ、てめえ俺の獲物取るんじゃねえ！」
遠くのほうで恋次が文句を付けてくる。だが虚の数が多い。もう一人死神がいることに気が付いた虚達が一護にも群がってきた。
それを次々と斬り倒していって一護と恋次は背中合わせになった。
「仕方ねえ、手伝ってやる」
「いらねえよっ！」
「お前勘違いしてるだろ。だからちゃんと話すから早く終わらせてえんだよ」
「話なんて聞かねえ、よ！」
声とともに蛇尾丸が虚の仮面を砕いた。
「じゃあ今話す。俺の！、家に泊まったのは本当、だ！」
「やっぱりそうじゃ！、ねえ、か！」
二人は話しながら虚を斬っていった。余計に息があがるが誤解は早く解くに限る。一護は構わず話を続けた。
「でも家には！、妹二人がいる、うえに！、六畳二間で仕切りは薄い襖一枚！！」
虚は残り少ない。
「なにかあるわけないだろうが！」
そうして最後の虚は斬り捨てられた。
「あんたがルキアを思って俺を殴ったって分かってる。だから俺はあんたをどうこうする気はねえよ。でも、ルキアには謝っとけよ」
「悪かった」
「いやだからルキアに」
「馬鹿違う！ お前に謝ってんだよっ」
見ると恋次の顔はどこか赤い。照れているのだ。
突然の謝罪に一護は驚いた。まさか謝られるとは思わなかったからだ。
「勘違いして殴って悪かった」
そうして頭を下げる。意外と律儀な男なんだと一護は意外に思った。
初対面で睨まれて殴られてそれから睨まれて睨まれて‥‥‥、好印象を抱けというのには無理がある。だがこうして謝っているのだ。最初から怒ってはいないが一護はもうこの男に対して悪い感情を抱くことは無かった。
「お前のことは前から知ってた。ルキアとよく一緒にいただろ」
恋次が不機嫌そうに話しはじめた。自分のことを知っていたと聞かされて僅かに一護が驚く。
「ルキアが朽木の養子になってから俺らは変わっちまった。お前がするように、俺はルキアと接することができなくなったんだ」
そうか、昔の彼らは今の自分とルキアのように仲が良かったのだ。そして二人の間にあった奇妙な空気の意味を一護はやっと理解した。
ルキアの横に別の人間がいて、昔の自分を見ているようで、でも決してそうはなれないことに腹を立てていたのだ。
「お前に嫉妬してたんだ」
悲しそうな瞳でそう告白した。
一護はその瞳を知っていた。
「だったらまたやり直せばいいだろ」
ルキアから恋次の話は聞いている。その度、同じ瞳をしていた。
「これから謝りに行って、また仲直りすりゃいいじゃねえか」
「でも」
「ルキアだってっ、そう願ってる」
最後に遮って言った言葉に恋次がはっとした顔をした。
一見簡単だと思えることほど難しいものはない。これはただのすれ違いだ。すれ違ったのなら、戻ってまたやり直せばいい。
一護は恋次の腕を掴むと歩き出した。
「俺も一緒に行ってやる。今日のことと昔のこと、まとめて謝るんだ」
それからどうしたかというと。
「一護っ！ 恋次のやつが私の菓子を勝手に食べたのだ！」
「だったら名前書いとけよ。一護、修練場行こうぜ」
仲直りしたのはいいが自分の苦労が増えたのは気のせいなんだろうか一護は遠くに意識を飛ばした。一護がぐったりしている間も隣で二人はキャンキャンと吠える。
「うるせえええっ！！」
仲直りさせてのは間違いだったかとほんのすこし後悔した。
そういえば俺が女だって言うのを忘れてたがなんかもうどうでもいい。
