蝶が瞬くとき

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  10. 鬼が来たりて  

「これは一体どういうことですかっ!!!」
 四番隊の救護室に海燕の怒鳴り声が木霊した。
 そのあまりの怒りに海燕の握りしめた拳が震えている。周りもそんな海燕の様子に注目しているが、卯ノ花の視線に皆己の仕事に戻っていった。
「落ち着きなさい、志波副隊長」
「これがっ」
「落ち着いていられないのは分かりますが、ここは救護室です。静かになさい」
 卯ノ花の厳しい態度に海燕はとりあえず大声を出すのをやめた。だが腹の中は煮えくり返りそうだ。息を繰り返し吐き出して、なんとか落ち着こうとした。
「それで、あいつは」
「現在治療中です。重傷ですが意識ははっきりしていますよ」
 それを聞き海燕はひとつ息をはく。よかった、生きていたかとほっとした。
 知らせを聞いたときは心臓が凍り付く思いだった。だがひとまずは安心することができた。
「卯ノ花隊長。治療が終了しました」
 四番隊の隊員がそう報告する。
「だそうです。まだ安静が必要ですが少しくらいならよいでしょう。話しますか」
「もちろんです」
 なぜこんなことになったのか本人達から話を聞かなければ納得できない。海燕は病室に向かった。
 現世の任務から戻ると護廷は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
 なんだ、旅禍でも侵入したか。海燕がそう暢気にしていると海燕を見つけた十三番隊の隊員がとんでもないことを言ってくれた。
「黒崎が、修練場で重傷を負って、四番隊に運ばれましたっ!」
「んだとコラあっ! 相手はどこのどいつだ!!」
 その隊員がやった訳ではないのに海燕は胸ぐらを掴み上げドスの利いた声で脅すように聞いた。隊員は息が詰まりながらもなんとか答える。
 そしてその人物の名に海燕は驚愕し、すぐさま四番隊へと走った。
 そこで思考を閉じる。病室の扉が見えたからだ。
「一護、入るぞ」
「海燕さん? はい、どうぞ」
 一護の声を聞いて、意識がはっきりしているというのは本当らしいともう一度ほっと息をはいた。病室に入るとベッドに横たわる一護とすぐ傍にルキアがいた。
「海燕さん、その、」
 一護は気まずそうにしている。それもそうだ。修練で重傷を負うなど聞いたことが無い。だが相手が相手だった。
「なんで、こんなことになったんだ」
 一護の包帯姿が痛々しい。その姿に海燕の顔が自然と険しくなる。
「‥‥‥すいません」
「謝罪は後で聞く。どうしてこんなことになるまでやったんだ」
「あの、お言葉ですが、あの方相手に逃げるのは不可能だと、」
「朽木は黙ってろ」
 ルキアの助け舟はしかしあっけなく海燕の一言で潰される。これほどまでに怒りをあらわにする海燕は初めてだ。
 一護が視線だけでルキアに謝ると海燕に向き直った。
「その、一応修練だし、大丈夫かな、って、」
「ばかやろうっ!!!」
 思わず一護とルキアが手を取り合ってすくみあがった。恐い、恐過ぎる。
 海燕がなおも何かを言おうと口を開いたが、それは病室に入ってきた人物によって遮られた。
「そう怒ってやるなよ」
 からかうように言った声の主を海燕はぎろりと睨みつける。そもそもこの人が悪い。諸悪の根源だ。
「あなたがそれを言いますか。更木隊長」





 黒崎一護の名はいまだ霊術院にいる頃から知っていた。
 自分と同じ更木の出身だと聞いたからだ。鬼道はさっぱりだが剣術は群を抜いているとも聞いた。ますます十一番隊向きだと思ったのを覚えている。
 だが新人の隊員をいきなり十一番隊に入れる訳にはいかないらしい。事務処理など簡単な作業を覚えさせてから だと言われた。たしかに十一番隊ではそんなもの教えられる筈は無い。
 それなのに、十番隊に適当にいさせてから十一番隊に入れる筈が十三番隊に横取りされてしまった。もちろん抗議したが浮竹にのらりくらりと躱された。今思い出しても腹立たしい。
 そうして忘れかけた頃に再び黒崎一護の名を聞いた。かつての部下からだった。
「一護のこと知ってるんですか。たしかに十一番隊向きっすよね。戦ってるところ見たことありますけど、なかなかやりますよ」
 かつての部下、恋次が誰かを褒めるなど珍しい。
 よく修練場にいると聞いて行ってみると見つけた。目立つオレンジ頭。
「よお」
 振り向きざま斬り掛かった。だが相手はそれを咄嗟に受け止める。
 いい反応だ。久しぶりに手応えのありそうだと舌なめずりすれば、怯んだように相手は後じさった。
「なん、だてめえ、って、その羽織、」
 隊長だと知って、一護が一歩下がろうとするが距離を詰めてもう一度斬りつける。一護が持つ木刀がさすがに折れた。
 今度こそ本気だと一護は悟る。最初の一撃は遊びだ。
「てめえの斬魄刀をとれ。相手してやる」
 斬魄刀を用いた私闘は禁じられている。そんなことができる筈が無い。だが一護の意志に反して剣八は次々に斬り掛かってくる。このままでは。
『一護!』
(でも、)

 チリン。

 考える間もなく一護は咄嗟に避ける。いつの間にか後ろをとられていた。
『死にたいかっ! わたしをとれっ』
「くそっ」
 修練場の端に立てかけておいた斬月をとる。正面から斬り掛かってきた剣八の斬魄刀を抜いた斬月で受け流した。
「それがてめえの斬魄刀かっ」
 鍔も柄もない、むきだしの刃。なぜかそれが気に入った。
 一護が斬月を構える。
「責任はあんたがとれよ」






 その後は推して知るべし。修練場は崩壊。周辺の建物も被害を受けた。
 二人の膨大な霊圧のぶつかりに死神達が気が付き駆けつけたが止められるものなどいなかった。よりにもよってその時間は隊長格の多くが現世に出払っていた為止めるのが遅れてしまったのだ。面倒くさくて無視をした隊長もいたが。
 止めたときには二人とも血だらけ。特に一護がひどかった。そして急いで四番隊に運ばれ事態はどうにか収束した。
「恋次め、余計なことを‥‥‥!」
 ルキアがぼそりと幼馴染みを詰る。海燕は剣八の話に頭を抱えた。
 悪いのは剣八だ。全面的に悪い。だがそれを受ける一護も一護だ。
「俺に傷を負わせた奴なんてそうはいねえ。一護、十一番隊に来いよ」
「駄目に決まってんでしょ」
 一護に伸ばされた剣八の手を海燕がばしりと叩き落とす。隊長だろうが関係ない、力を込めて叩いてやった。
「てめえ、そもそもこいつは十一番隊に入る筈だったんだ。それを横からかっ攫いやがって」
 剣八が睨みつけるが海燕も負けていない。お互いに睨み合いが始まった。
 一護は呆れた。自分を無視して話さないでほしい。というか出て行ってほしい。そんな事態を打破するように再び別の人物が入ってきた。
「一護くんは五番隊が貰うことになってるんだけどねえ」
 だが一護にとっては少しも打破してくれる人物ではなかった。一気に気分が悪くなる。
「藍染隊長」
 意外な人物の登場に海燕が驚く。席を譲ろうとするがそれを藍染は手で制して一護の近くまで寄った。
「具合はどうだい。まったく驚いたよ。君たちが血だらけで斬り合っているところを見たときは。僕が四番隊まで運んだのは覚えてるかい」
 二人を止めたのは藍染だ。それを皮切りに次々と副隊長達が割って入っていった。
 いらないと言ったのに一護を無理矢理抱き上げて四番隊まで連れて行かれた。その間にねちねちと色々言われたので一護は少しも感謝していない。
「どおも」
 ぶっきらぼうに言ってやった。
「こらっ、一護!」
 海燕にたしなめられる。一護は藍染の性格の悪さをぶちまけてやりたかったが信じてはもらえないだろう。仕方なく想像の中で散々に藍染を罵って溜飲を下げた。
「すいません、藍染隊長。こいつを運んでくれてありがとうございます。でも一護をやるわけにはいきません。更木隊長も」
 最後は剣八を睨みつけて低い声で言い放った。その言葉に剣八は海燕を睨みつけ、藍染は薄く笑う。
 一護は海燕が言ってくれた言葉に自然と顔が緩む。嬉しくてたまらなかった。
 一護のそんな表情におもしろくないのは隊長二人だ。だが今この場でこれ以上言っても仕方が無いだろう。海燕がいると何かと不利だ。
「ちっ、俺は諦めねえからな。また来る」
「その前に君には処罰が待っていると思うよ。斬魄刀での私闘、ああ一護君は悪くないよ、総隊長にはちゃんと報告させてもらうからね」
 知るか、そう言って剣八は出て行った。
 お前も出て行け、一護が藍染にそんな視線を向ける。だが藍染はにこりと笑うと一護の耳に口を寄せて囁いた。
「この借りはもちろん返してくれるね」
「だっ、」
 誰が貸しなんてつくった!
 そう叫んでやりたかったが海燕とルキアがいる。一護は想像の中で藍染の眼鏡を割ってなんとか溜飲を下げた。だがいつか本当に割ってしまいそうだ。
 ぎりぎりと睨みつける一護に微笑むと藍染も病室を出て行った。その背中に枕を投げつけてやりたかったが我慢した。
「一護」
「‥‥‥はい」
「とりあえず上からのお咎めは無しだろうな。けど俺からのお咎めはありだ」
 なんだろう。まさか十三番隊から出て行けとかじゃないよな、と一護の表情が一気に不安へと染められていく。
 一護の分かりやすすぎる表情に海燕が何を考えているのか察し、それを吹き飛ばすように笑った。
「一ヶ月の庭掃除だ」
「え、」
「せいぜい綺麗にしろよ。まあ今は傷を癒すことだけを考えろ」
「あ、‥‥‥はい」
 そして今日初めて海燕に頭を撫でられた。その優しい感触に一護は嬉しくなる。それを見てルキアも安心したように顔を綻ばせた。





「このっ、馬鹿眉毛!!!」
「ぐえっ!」
 出会い頭に殴られた。
 昨日はルキアと雛森にも殴られた。なにかしただろうかと考えたが思い当たるふしは無い。
「なにするんすかっ、檜佐木さんっ!」
「っるせえっ、自分の眉毛に聞いてみろっ!」
 そうしてまた殴られた。
 俺本当になにかしたんだろうか。
 だが聞いても誰も答えてくれない。とにかく大人しく殴られろと、恋次はまたもや鉄拳を受けた。


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